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第8話 花

「王宮が無理なら、王都の神殿でもいいのです。離宮でも構いません。あとほんの少しでもいい、王宮に近い場所にお移りいただくことはできませんか。王は今、身を削るようにしてお過ごしなのです。少しでもあの方に安らいでいただきたいと、そうはお思いになりませんか?」


 神官はミリヒの言葉を無視して、続けた。


「この花園を訪れて確信いたしました。王はあなたに心を残しておられる。あなたもまた、そうでいらっしゃる。ならば、鄙におらずとも良いでしょう? なにとぞ、近くで王をお支えください」

「ふざけるな。帰れ!」


 聞く気はないとばかりにミリヒが断るのに、神官はすがるように言葉を続ける。


「守り人殿にお願いしているわけではない。どうか聖女ジュー」


 ああ、そうだ。

 この人は昔から説教が多いけど、口煩くなるのはおれへの意地悪なんかじゃなくて、全部イルスのことを思ってのことだった。


「あの人は、おれを忘れているでしょう? 何故、心を残しているなんて言えるんだよ」

「忘れてなどいらっしゃらない。どれだけの護衛があなたのために勤めているかご存じない?」

「知っているよ。でも、それはおれが『聖女』だからで、おれだからじゃない」

「あなたはただ花を育てただけとおっしゃる。けれど、その花がどれだけ希少なものかご存じか?」

「花?」


 神官はサナとオファがいる庭の方に視線を向けた。

 誰かから届いた花を、適当に挿したらわさって育った庭。

 大きくて色鮮やかな種類の花がいくつかと、香りのよい花がいくつかと、かわいらしくてささやかな風情のがいくつか。

 仏壇に飾っていたようなのや、ブーケみたいにちまっとしたのや、色んな種類の花束が届いていた。

 不思議だったんだ。

 どれもキレイな花束だったけど、雰囲気はてんでバラバラだったから、送り主は一人じゃないんだろうって、そう思っていた。

 その一人がイルスかもしれないっていうのは、想像して打ち消してを繰り返していた。


「あの花は、王宮の庭にしか咲いていないはずの花」


 なかでも大きくて華やかな花を指して、神官が言った。

 王宮の庭師が苦労して咲かせたものだと。

 王宮の庭にだけある花が、ここでは伸び伸びと育って咲いていると。


「あの花をあなたに差し上げることができるのは、王だけなのですよ」

「花は……『世界』への『祈り』にささげるもので、おれ宛ではないでしょう? 『世界』への贈り物だ」


 おれ個人にイルスから花が届くはずがない。

 『世界』のために届く花束、それはおれの感覚ではお供え物なんだよ。

 おれに渡されたものじゃない。


「何故お分かりいただけないのでしょう? 王はあなたを思っておられる。それが証拠に王の『花』はまだお体に咲いたままなのですよ。寝る間も惜しんで国に尽くしておられるのを、何故お支えくださらない。こうして戻ってこられたのです、国のため、王のために」


 とうとうと神官が言葉を紡ぐ。


「ジュタは、お前らの国のものじゃない。お前たちの国の召喚陣を使いはしたが、それは確実にジュタを呼び戻すためで、お前たちの国に従属させるためじゃない。ジュタを呼び戻したのは『世界』のためだ」


 神官の言葉をぶった切って、ミリヒが口をはさんできた。

 ものすごく不機嫌ですっていうのを、これっぽっちも隠してない口調。


「それはお前たちがいう王とも約してあるはず。ジュタは、国には属さない。それに反するか?」


 厳しいミリヒの言葉に神官は唇を噛み、胸に手を当てて頭を下げた。


「王は何もご存じない。これは私の一存です。聖女ジュー、どうぞ王宮にお戻りいただきたい」




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