龍がいた。
龍は全てを創り出した。
産まれ落ちた全ての生物を我が子とし。
その胸に秘めたる誓約を。
遥かなる高みから守っていた。
神がいた。
その神は二柱だった。
異界から顕れ、神座から偉大なる龍を追い落として。
世界に相反する力と共に。
天と地と冥府に、新たな風を吹き込んだ。
男がいた。
彼は剣を奮った。
迫り来る数多の敵を、その手で屠り。
屍の上に屍を累ね。
新たな芽吹きの糧となった。
彼は龍と友となり、世界を繋いだ。
言葉、文化、思想、技術の全てをその手の内にし。
新たな発展と交流を産み。
永く続く戦なき世を齎した。
生きる者たちよ。
全ての者は友である。
友を愛せ。
互いに啀み合うなかれ。
憎しみを負うなかれ。
………………
…………
……
歴史の教科書の序文。
民衆は偉大な祖王の詞を、伝統的に幼い頃から暗記するものとして課されていた。
祖王の時代から遥かなる月日が経って、今や学習というものは情報を脳にインストールする形式になる程に技術は大幅に進歩している。
けれども、この暗記だけは口を動かして覚えることが伝統となっていた。
「か、つ、て……」
読み書きを覚えたての少女は、その手を握る母親と一緒に、拙い舌っ足らずの声でゆっくりと文字を追う。
麦畑に差し込む金色の光が、その親子にも慈愛の眼差しを向けていた。
その金色の陽光に、その村の外れにある歪な形の大木は忘れていた過去を思い出していた。
兵士の荒い息遣いと、時折どこからか聞こえる叫び声。
最前線に掲げられた深紅の旗の下で、男───アルウィン・ユスティニアは叫んでいた。
「我がユスティニアの兵士よ!!聴け!!
この戦は、龍神様に捧げる最後の戦だ!!
勝機は我々にある!敵の総大将はこの先だ!!
怖いのならば───オレの背を見ながら走るんだ!!」
その言葉に、咆哮が沸き立った。
そんな光景を思い出しながら、大木は眠りにつく。
時が反転した。