帝都中央駅は、その性質からしたら、通過駅である。
確かに都市間鉄道の終着駅、ターミナル的役割も果たしてはいるが、それ以上に、大陸横断鉄道の通過駅なのである。
大陸横断鉄道は、「連合」の西海岸の都市マルコウと、「帝国」の東海岸の都市海南を結ぶ、約二十の駅で中継される路線だった。一日に動くのは、往復合わせて十本。特等から四等までの座席種があり、その車両の座席数も、それぞれ異なっている。
「多いな」
車から降りたナギマエナは、ユカリが車の後ろを開けて取り出した荷物を見てそう言う。
「そうはおっしゃいますがナギマエナ嬢、長旅となれば、やはり」
「資金はあるのだろう?」
「え?」
「ああ、名前をまだ聞いていなかったな。まあ後でいい。ともかく、あなたの雇用主が、必要と言えば資金を出さない訳は無いだろう? こんな荷物など、半分も要らない。駅の荷物預かりに置いていかないか?」
「で、ですが」
「ほら。必要なものは、その場で手に入れればいい。今は百年も昔じゃないんだ」
荷物を持たない方の右手で、彼女は不意に彼の手を掴んだ。
「ナギマエナ嬢!」
「それから私のことをそんな名で呼ぶな。ナギ、だ。嬢様よばわりもしなくていい。私はそんなものじゃない」
はあ、と困った様に答えながら、それでも彼は言われるままに、荷物預かりに半分以上の荷物を預けた。主にそれは、着替えの類だった。
「こういうことをお聞きしていいのか判りませんが、ナギ、あなたは着替えは……」
「簡単なものは用意してある。それにこれは一応正装だ」
そう言って彼女は、身に付けている第一中等の制服を軽くつまんだ。
黒地に、白い大きな襟をつけたその服は、何でも「連合」の海兵の服装を参考にしたと彼は聞いている。ただ、長い間に、この国の実状に合わせて、意匠も変わって行ったということだが。
「これは便利だ。動きやすいから、これで走り回ることもできるし、それでいて、皇帝陛下の式典にも出られるし、婚儀や葬儀にも出席できる」
「それはそうなんですが」
確かにそうだが。
ふんわりと布をふんだんに使った袖は、腕をぐるぐると回しても邪魔になることはないし、上着も充分な長さを保ち、それでいて決してきつくはない。
そもそもこの帝国においては、身体に合わせて服という立体の箱を作る、という発想が元々無かった。「連合」の「箱」型の服が入ってきても、結局それは、衣装の方を身体に合わせる帝国型へと進化させてしまったのだ。
そして、足割れのスカート。元々「連合」の女子学生が海兵の服を参考にして制服を考案したのを更に参考にしたということもあって、当初は、このスカートも、ひらひらと、足は割れてはいなかった。
だが、何十年か前の、大地震と、それに伴う火災をきっかけに、動きやすい足割れ式にしたのだと彼も聞いていた。
女性の服飾には、残桜衆期待株の彼も、さすがにその程度にしか知識が無かった。
あとは、帝国全土に何カ所かある帝立の女子中等学校は全て同じ意匠の制服である、ということ、そしてそれは色でその番号を示されているということぐらいだった。
彼女の着ているのは、黒。タイ以外全てがただひたすら黒。それが帝国で最も優れた学校の制服の色だった。
だがしかし。
彼はだんだん訳が判らなくなってくる。
資料によると、この少女は、その帝国で最も優れた少女達を集めた帝立第一中等学校の生徒のはずである。しかも、本科二年において、首席であると。
頭が良すぎるから、こんな理屈を並べ立てるのだろうか、と彼は内心ため息をつく。これじゃ絶対良い嫁ぎ先は無いな、とも。
そんな彼の心のうちを読んだのかどうか、彼女は荷物を預け終わったユカリの手を再び掴んだ。
「行かないのか、行くのか?」
「行きます…… が」
「が? はっきりしてくれ」
「何処に……」
「ああ、そうか」
彼女は手を離す。そして胸の前で腕を組む。
「えーと…… ああそう、まだ、名前を聞いていない。あなたの」
「私の?」
「私は名乗った。だからあなたの名も聞きたい。いちいちあなただ何だと言う呼び方をするのはしち面倒くさい。名前があれば名前で呼びたい。そのために一人一人の名前があるんだ」
「タキ・ユカリ・センジュです」
「ユカリ。少し変わった響きだな。もしかして出身は、内陸中部の、桜州か?」
「ええそうです。……育ったのはそこでは無いのですが。父母はそこに生まれたそうです。ご存じですか?」
「黒い髪黒い目。少し黄色みのかかった肌。桜州の人と言われれば、納得できる。あなたはなかなかの色男だし」
「……ナギマエナ嬢……」
「その名前で呼ぶな、と言っただろう? 私は嫌いだ」
眉を寄せた彼にぴしゃりと言うと、彼女は再び彼の手を引っ張った。
「行こうユカリ」
「ど、何処へ……」
そうだ、先程からそれを聞こう聞こうとしていたのだ。なのにどうしてこの方向へ。
「どうせあの方から、全線有効の自由券を受け取ってはいるのだろう? 何処から初めてもいいはずだ。けど指定券は、いちいち申し込まなくてはいけない。都市間列車で、北へまず行く」
「北へ」
「ああ。だからまずは、ウドゥリシルツク行きの列車に乗らなくては」
「ウドゥリシルツクへ行くのですか?」
引っ張られ、人の波をかき分けながら、発券場へと進む彼女に、彼は声を張り上げる。
「それはまだ判らないんだ」
彼ははあ、と大きくため息をついた。