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第38話 指輪

 今度は、ヘンリーと二人きりの観覧車……。


 ヘンリーは私の横にピタリと張り付き、ウキウキとした様子で窓の外を眺めている。


 私のすぐ隣に座る彼は、座席のほぼ中央に座ることになってしまい、景色を眺めるのにはちょっと不便そうだった。

 首を伸ばしながら外の景色を眺めている。


「流華と二人きりで、こんな綺麗な景色を眺められるなんて。

 観覧車っていいね、僕大好き!」


 無邪気な笑顔のヘンリーに、私の心も温かくなる。


「ヘンリー、それじゃあ、景色よく見えないでしょ?」

「いいの! 流華が眺められるから」

「それじゃあ、観覧車の意味ないじゃない」


 なんだかなあ、もう……。と、ため息をついた私の手を、突然ヘンリーがきつく握りしめてきた。

 私は驚いてヘンリーを見つめる。

 潤んだ熱い眼差しを向けられ、ドギマギする。


「流華、もう君と離れたくない。

 長い時を経て、こうしてやっとまた君に会えた。絶対にこの手を離したくはない。

 でも、でもね……」


 ヘンリーが珍しく真剣な表情になり、その眼差しは鋭く私の瞳を射抜いた。

 彼の真剣な想いがひしひしと伝わってくるようで、私は息を呑む。


 そして、ヘンリーはゆっくり口を開くと静かに告げる。


「あの青年が目覚めたら……僕は、消えると思う」


 心臓に針が刺さったみたいに、ズキンと痛む。


 私自身そう思っていた、あの日から……。

 彼がヘンリーの生まれ変わりだとわかったあの時。


 それは、私が今、一番恐れていることでもあった。


「同じ人間が、二人同時に存在しているなんておかしいよね。今は彼が眠っているから、僕はなんとか存在しているけれど。彼が目覚めれば、僕は……。

 考えると恐くて、夜も眠れない」


 そう、普通に考えれば、同じ魂の二人が同時に存在することはあり得ない。

 だとしたら……消えるのはこの時代の住人ではない、ヘンリーの方だ。


 その時は必ずやってくる。


 ヘンリーは俯き、震えている。何かに怯えるように体を震わせている。

 そう、彼も恐れているのだ……。


 そっか、そうだよね。

 ヘンリーだって、きっと怖い。


 初めて知る彼の心に、私の心は熱く震えた。


「私だって、ずっと恐くて……。ヘンリーと離れるの、嫌だよ」


 やだ、涙が出てくる。どうしよう、止められない。


「流華……」


 私の頬を伝う涙をヘンリーがそっとぬぐってくれる。


「僕が、もし消えちゃったときは……」


 言葉の途中で押し黙ってしまうヘンリーを、私は心配そうに見つめ返した。

 彼は何かに耐え、堪えるように表情を歪める。


 ……すごく、辛そう。


「ヘンリー? どうしたの?」

「ううん、何でもない。……そうだ、手を出して」


 ヘンリーはポケットから小さな箱を取り出した。

 白く小さな箱に可愛らしいピンクのリボンがついてる。


 ふふ、可愛い。

 私はドキドキしながらその箱を見つめる。


 ん? もしかして……これって。


 ヘンリーがそっと箱を開けた。


 白いふわふわクッションの真ん中に鎮座しているのは、輝く指輪。

 リングの中央には、光り輝くダイヤモンド……って、これは本物ではないよね?

 そんなもの買うお金なんて、ないだろうし。


 私が不思議そうに指輪を見つめていると、ヘンリーが笑った。


「へへっ、さすがに本物のダイヤは買えなかった。ごめん。

 でも、僕の流華への愛は変わらないから」

「え……これって」


 戸惑いながらヘンリーを見つめると、優しく笑った彼が愛しそうに私を見つめ返してくる。


「これは、僕の気持ち。

 ……流華に内緒で大吾の手伝いをしてたんだ。知らなかったでしょ?

 それでお小遣いをもらって、流華へのプレゼント買ったんだ。

 これが今できる僕の精一杯。

 僕から流華へ……受け取って」


 ヘンリーは指輪を手にすると、もう片方の手で私の左手を取る。

 胸の高鳴りは、最高潮に達していた。


 ゆっくりと指輪が私の薬指へとはめられていく。


 指に収まったその瞬間、どんっと衝撃が走る。

 何かに突き動かされるような、体中を何かが駆け巡っていくような感覚。


 私の脳裏に過去世の記憶が走り抜けていった。


 膨大な量の映像が一気に駆け抜けていく。



 それは前世の遠い記憶たち。


 私がずっと忘れていた大切な記憶。

 二人が愛し合った日々。



「流華、どうしたの?」


 突然固まり硬直してしまった私を、ヘンリーが心配そうな表情で覗き込んでくる。


 思い出したすべての景色、感情、思い出。

 それらで胸がいっぱいになり、熱い想いが体中を駆け巡っていった。


 私は涙の溜まった瞳をヘンリーに向けると、震える声を必死に抑えながら言った。


「私……思い出したよ。過去の記憶」


 ヘンリーの目が大きく見開き、ゆらゆらと揺れるその瞳でまっすぐに私を見つめてくる。


「本当、に?」

「……うん」


 返答に間髪入れず、ヘンリーが私を強く抱きしめた。ぎゅっと強い力で抱かれ、彼の想いが伝わってくる。

 私もたどたどしく彼の背中に腕を回し、力を込める。


 目からは涙が次々と溢れ、ヘンリーの肩を濡らしていった。


 やっと、思い出せた……。

 その喜びと幸せが、体中から溢れてくる。


 この感情は、私と姫、両方の気持ちが入り混じっているようだった。


 それほどに……強い想い。


「思い出してくれて嬉しいよ。たとえ思い出せなくてもいいと思ってたけど……やっぱり嬉しいや。ありがとう」


 ヘンリーも泣いているのか、鼻をすする音が聞こえる。


「これからも、どんなことがあろうと、僕の愛は永遠に変わらないよ。

 ずっとずっと君を愛してる、それだけは忘れないで」


 ヘンリーが私をじっと見つめてくる。

 そして、ゆっくりと顔が近づいてきた。


 あ、キス、かな……。


 期待している自分に驚く。ドキドキと心臓が脈を打つ。

 これは姫の気持ち? それとも私? 


 もうどっちでもいいや、今はこの幸せに浸っていたい。


 ヘンリーの唇が優しく私に触れる。

 おでこ、目蓋まぶた、頬、と触れていき、最後に私の唇にそっと触れた。


 優しさと愛に溢れた口づけ……。


 私の頬に、また一筋の涙が流れていった。



 この涙さえ、どちらの涙なのか、今の私には判断がつかなかった。


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