今度は、ヘンリーと二人きりの観覧車……。
ヘンリーは私の横にピタリと張り付き、ウキウキとした様子で窓の外を眺めている。
私のすぐ隣に座る彼は、座席のほぼ中央に座ることになってしまい、景色を眺めるのにはちょっと不便そうだった。
首を伸ばしながら外の景色を眺めている。
「流華と二人きりで、こんな綺麗な景色を眺められるなんて。
観覧車っていいね、僕大好き!」
無邪気な笑顔のヘンリーに、私の心も温かくなる。
「ヘンリー、それじゃあ、景色よく見えないでしょ?」
「いいの! 流華が眺められるから」
「それじゃあ、観覧車の意味ないじゃない」
なんだかなあ、もう……。と、ため息をついた私の手を、突然ヘンリーがきつく握りしめてきた。
私は驚いてヘンリーを見つめる。
潤んだ熱い眼差しを向けられ、ドギマギする。
「流華、もう君と離れたくない。
長い時を経て、こうしてやっとまた君に会えた。絶対にこの手を離したくはない。
でも、でもね……」
ヘンリーが珍しく真剣な表情になり、その眼差しは鋭く私の瞳を射抜いた。
彼の真剣な想いがひしひしと伝わってくるようで、私は息を呑む。
そして、ヘンリーはゆっくり口を開くと静かに告げる。
「あの青年が目覚めたら……僕は、消えると思う」
心臓に針が刺さったみたいに、ズキンと痛む。
私自身そう思っていた、あの日から……。
彼がヘンリーの生まれ変わりだとわかったあの時。
それは、私が今、一番恐れていることでもあった。
「同じ人間が、二人同時に存在しているなんておかしいよね。今は彼が眠っているから、僕はなんとか存在しているけれど。彼が目覚めれば、僕は……。
考えると恐くて、夜も眠れない」
そう、普通に考えれば、同じ魂の二人が同時に存在することはあり得ない。
だとしたら……消えるのはこの時代の住人ではない、ヘンリーの方だ。
その時は必ずやってくる。
ヘンリーは俯き、震えている。何かに怯えるように体を震わせている。
そう、彼も恐れているのだ……。
そっか、そうだよね。
ヘンリーだって、きっと怖い。
初めて知る彼の心に、私の心は熱く震えた。
「私だって、ずっと恐くて……。ヘンリーと離れるの、嫌だよ」
やだ、涙が出てくる。どうしよう、止められない。
「流華……」
私の頬を伝う涙をヘンリーがそっと
「僕が、もし消えちゃったときは……」
言葉の途中で押し黙ってしまうヘンリーを、私は心配そうに見つめ返した。
彼は何かに耐え、堪えるように表情を歪める。
……すごく、辛そう。
「ヘンリー? どうしたの?」
「ううん、何でもない。……そうだ、手を出して」
ヘンリーはポケットから小さな箱を取り出した。
白く小さな箱に可愛らしいピンクのリボンがついてる。
ふふ、可愛い。
私はドキドキしながらその箱を見つめる。
ん? もしかして……これって。
ヘンリーがそっと箱を開けた。
白いふわふわクッションの真ん中に鎮座しているのは、輝く指輪。
リングの中央には、光り輝くダイヤモンド……って、これは本物ではないよね?
そんなもの買うお金なんて、ないだろうし。
私が不思議そうに指輪を見つめていると、ヘンリーが笑った。
「へへっ、さすがに本物のダイヤは買えなかった。ごめん。
でも、僕の流華への愛は変わらないから」
「え……これって」
戸惑いながらヘンリーを見つめると、優しく笑った彼が愛しそうに私を見つめ返してくる。
「これは、僕の気持ち。
……流華に内緒で大吾の手伝いをしてたんだ。知らなかったでしょ?
それでお小遣いをもらって、流華へのプレゼント買ったんだ。
これが今できる僕の精一杯。
僕から流華へ……受け取って」
ヘンリーは指輪を手にすると、もう片方の手で私の左手を取る。
胸の高鳴りは、最高潮に達していた。
ゆっくりと指輪が私の薬指へとはめられていく。
指に収まったその瞬間、どんっと衝撃が走る。
何かに突き動かされるような、体中を何かが駆け巡っていくような感覚。
私の脳裏に過去世の記憶が走り抜けていった。
膨大な量の映像が一気に駆け抜けていく。
それは前世の遠い記憶たち。
私がずっと忘れていた大切な記憶。
二人が愛し合った日々。
「流華、どうしたの?」
突然固まり硬直してしまった私を、ヘンリーが心配そうな表情で覗き込んでくる。
思い出したすべての景色、感情、思い出。
それらで胸がいっぱいになり、熱い想いが体中を駆け巡っていった。
私は涙の溜まった瞳をヘンリーに向けると、震える声を必死に抑えながら言った。
「私……思い出したよ。過去の記憶」
ヘンリーの目が大きく見開き、ゆらゆらと揺れるその瞳でまっすぐに私を見つめてくる。
「本当、に?」
「……うん」
返答に間髪入れず、ヘンリーが私を強く抱きしめた。ぎゅっと強い力で抱かれ、彼の想いが伝わってくる。
私もたどたどしく彼の背中に腕を回し、力を込める。
目からは涙が次々と溢れ、ヘンリーの肩を濡らしていった。
やっと、思い出せた……。
その喜びと幸せが、体中から溢れてくる。
この感情は、私と姫、両方の気持ちが入り混じっているようだった。
それほどに……強い想い。
「思い出してくれて嬉しいよ。たとえ思い出せなくてもいいと思ってたけど……やっぱり嬉しいや。ありがとう」
ヘンリーも泣いているのか、鼻をすする音が聞こえる。
「これからも、どんなことがあろうと、僕の愛は永遠に変わらないよ。
ずっとずっと君を愛してる、それだけは忘れないで」
ヘンリーが私をじっと見つめてくる。
そして、ゆっくりと顔が近づいてきた。
あ、キス、かな……。
期待している自分に驚く。ドキドキと心臓が脈を打つ。
これは姫の気持ち? それとも私?
もうどっちでもいいや、今はこの幸せに浸っていたい。
ヘンリーの唇が優しく私に触れる。
おでこ、
優しさと愛に溢れた口づけ……。
私の頬に、また一筋の涙が流れていった。
この涙さえ、どちらの涙なのか、今の私には判断がつかなかった。