幸せは束の間、とはよく言ったものだ。
次の日から、私の幸せはあっけなく崩れ去ってしまった。
「おはよう、ヘンリー」
「……おはよ」
満面の笑みを向ける私の横を、真顔で通り抜けていくヘンリー。
「へ?」
あっけに取られた表情で、私はヘンリーを見つめる。
え? どうしたの? なんで?
いつもなら嬉しそうに抱きついてくるのに。
「ヘンリー? どうしたの、具合悪い?」
私は急いでヘンリーの
「別に、元気だよ。あ、おはよう、シャーロット」
先ほどの暗い表情はどこへやら、優しい笑顔のヘンリーがシャーロットの方へ近づいていく。
「まあ、おはようございます! ヘンリー様、今日はご機嫌がいいんですね」
声をかけられたシャーロットは、それは嬉しそうに可愛らしい笑みを見せた。
機嫌がいい? ヘンリーが?
それ、反対だよね?
私は心の中で毒づく。
「シャーロット、今日も可愛いね」
さらっと殺し文句を言うヘンリー。
その笑顔は、なんだかいつもと違った作り笑いのような印象を受けた。
「え! そんな、ヘンリー様ったら」
いつもならあり得ない賛辞の言葉に感激したシャーロットは、真っ赤な顔でその場に崩れ落ちていく。
嬉し過ぎて、腰が抜けてしまったようだ。
「シャーロット様!」
驚いた様子のアルバートが彼女を後ろから支え、ヘンリーを
「ヘンリー様、どうされたのですか?」
「何が?」
ヘンリーは何ごともなかったかのように、朝食が用意されている居間へと向かう。
アルバートが私に向かって何かを問いたげな視線を向けてくる。
「おはようございます、お嬢」
突然後ろから声をかけられ、振り返る。
そこには、いつも通りの笑顔を向ける龍がいた。
「あ、お、おはよう」
「どうかされましたか?」
私の様子がおかしいことに気づいた龍は、心配そうに眉をひそめる。
どうしてかな……龍には、いつも隠し事ができない。
「なんでもない」
龍に背を向ける。
今、私きっと嫌な顔してる。汚い感情が渦巻いてる。
そんなこと見抜かれたくない。
この気持ちを悟られたくなくて、私はそそくさと居間へと向かうのだった。
皆が揃ったところで、朝食をとる。
いつもうるさいほど私に話しかけてくるヘンリーが黙っているので、とても静かな朝食の時間。
食器の音と、
皆がヘンリーと私に注目しているのがわかった。
きっと喧嘩でもしたのだろうと思っているに違いない。
違う。喧嘩なんかしていない。
昨日までいつも通りだった。
というか、昨日、私たちは愛を誓い合ったばかりなのだ。
ヘンリーが私に冷たい理由がさっぱりわからない。
私、何かした?
ヘンリーのことを見つめるが、彼はこちらを一切見ようとしない。
以前なら、私が視線を送れば必ず目が合っていたのに。
いったい、どうしたっていうの?
いつものように、私と龍、ヘンリーとシャーロットとアルバートという、大所帯で学校へと向かう。
毎日当たり前のように絡んできたヘンリーは、私から離れ、数メートル先を歩いていた。
彼の隣には、シャーロットがべったりと寄り添っている。
様子のおかしいヘンリーを心配したシャーロットが、そっと話しかける。
「ヘンリー様? どこか調子がお悪いのですか?」
「え? 僕は元気だよ。ありがと、シャーロットは優しいね」
ヘンリーの微笑みにノックダウン寸前のシャーロットを、隣に控えていたアルバートがビシッと支える。
「なんなのよ……」
私はぼそっとつぶやいた。
いつの間にか、私の隣には龍がピタリと寄り添い歩いていた。
いつもなら少し後ろから付いてくるのに、今日はえらくピタリとくっついてくる。珍しい。
私の異変を心配しているのだろうか。
龍は私とヘンリーの異変に気づいているはずだが、特に何も言ってこなかった。
きっと、今は何も言わず側にいることが最善だと考えたのかもしれない。
私の気持ちを汲み取り、どうすればいいのか判断し行動する。
彼のこういう優しさに、私はいつも救われていた。
何をして欲しいのか、何をされたら嫌なのか、彼には私の気持ちが手に取るようにわかってしまうらしい。
目の前では、楽しそうにヘンリーとシャーロットがおしゃべりをしている。
それを見せつけられ、本来なら相当なダメージを受けていたであろう私の心。
龍のおかげで、そのダメージは半減している気がした。
隣に感じるあたたかな優しさ……今はそれに甘えさせてもらうことにする。