「はあー、疲れる」
青空の下、それに似つかわしくない言葉を吐いた私を、貴子が
「ね、あんたたち、変じゃない?」
昼休み。
いつものように貴子と二人、屋上でランチタイム。
私はお弁当を広げたが食べる気になれず、もう一度お弁当の蓋を閉めると重いため息を吐いた。
「貴子にも、わかるよね?」
疲れ切った私は、横目で貴子を見つめる。すると、彼女は深く頷き返してきた。
「うん。ヘンリーがあんたに近付いて来ないなんて、異常事態よ。
それに、なんだかシャーロットとベタベタしちゃってさ……いったいどうしたの?」
興味津々という様子で、貴子は目を丸くして私に顔を近づけてくる。
頬を膨らませた私は、ギロッと貴子を睨みつけた。
「知らないよっ! こっちが聞きたい!
今朝から、ヘンリーが私にだけ冷たいの。……昨日までは、いつも通りだったのにさ」
激しい怒りを滲ませながら顔を伏せた私は、その勢いのまま貴子に事情を説明していく。
観覧車では、お互い想いを伝え合い、愛を誓い合ったこと。
昨日まで普通だったのに、今朝からいきなりヘンリーの態度が
ここぞとばかりに、私は溜まっていた
真剣に耳を傾けていた貴子が、納得したように頷いている。
「ふーん、なるほどねえ。ヘンリーには、何か考えがあるのかも」
「考え? どんな?」
「それは、流華が考えないと駄目だよ」
「何よ、ケチ」
貴子は何かに気づいたようだったが、それを私には教えてくれなかった。
確かにヘンリーのあからさまな態度の変化には、違和感を感じる。
何かあるのかもしれない。
しばらくの沈黙のあと、貴子が口を開いた。
「ねえ、ちょっと聞きたいんだけどさ……流華は龍さんのこと、どう思ってるの?」
探るような瞳を向けながら、おかしなことを聞いてくる貴子。
私は少々不思議に思いながらも、真面目に答える。
「は? 龍? ……家族、かな」
「いや、そうじゃなくて。本心よ、本当の心の奥底ではってこと」
心の奥底? 貴子は何が言いたいの?
「龍は私にとって大切な存在だよ。何者にも代えられない一番大切な……」
「それって、好きってことじゃないの?」
「まあ……好きだよ」
「その好きは、私への好きとは違うよね? ヘンリーとの好きとはどう違う?」
近かった距離をさらにぐっと詰めてくる貴子。その目は
「貴子……変なこと聞くね。
うーん、まあ貴子への好きとは違うかな。ヘンリーの好きとも、違うような……」
そういえば、そんなに深く龍への気持ちを考えたこともなかったな。
家族みたいな存在で、いつも一緒にいるから、そんなこと考える必要がないし。
「貴子のことは好きよ。一緒にいて気を遣わなくてもいいし、気が合うし、楽しい。
ヘンリーは……一緒にいるとなんだか幸せで、あたたかい気持ちになるの。楽しくって、嬉しくて。ワクワクドキドキする。
一緒にいると、今まで知らなかった感情を与えてくれる。
愛しくて、ずっと離れたくないって気持ちが湧いてくる」
私はヘンリーのことを頭に思い浮かべながら語った。
話したことに偽りはない。
しかし先ほどから、貴子は怪しむように目を細めながら私のことをじーっと見つめてくる。
「ねえ、それって。前世の記憶からくるもの、なんじゃないの?
今の流華の気持ちではないのかも……しれない。ね、龍さんのことは?」
何かを期待するような眼差しを向ける貴子。
私は彼女の態度を不振がりつつ、とりあえず正直に答えていった。
「龍は……すごく、安心するかな。
傍にいてくれるだけでいい。いつも一緒にいるからそれが当たり前みたいな。
ずっと家族として暮らしてるし、今さら恋愛対象とかには見れないっていうか、考えたことなかった」
「ふーん。でもさ、龍さんが誰かのものになったら嫌じゃない?
急に流華のもとから居なくなったら、どうする?」
貴子がニヤニヤと私を見つめてくる。
龍が誰かのもの? いなくなる?
そんなこと、考えたこともなかった。
だって、龍はいつも私の傍にいて、これからもずっと一緒で……。
ふと、龍の隣で知らない女性が微笑んでいる姿を想像してしまった。
なんだか、すごーく気持ちが重たくなってきて、胃がムカムカしてくる。
「……すごく、気分悪い」
「それって、嫌ってことじゃん」
貴子が嬉しそうに、してやったりという顔でニヤッと笑う。
私はわけがわからず、眉を寄せ貴子を見つめ返す。
「流華は、鈍感だよねえ。他人の気持ちにも、自分の気持ちにも」
なぜか勝ち誇ったような表情を向ける貴子に、悔しい気持ちが湧いてきた。
「それ、馬鹿にしてる?」
「ううん、別に」
貴子がうーんと伸びをする。
そして、爽やかな笑みを私に向けると、衝撃の言葉を発した。
「ね、私……龍さんのこと、好きなんだ」
予想もしなかったとんでも発言に、一瞬時が止まった。
私はいったんフリーズしたあと、再起動する。
「えっ! そうだったの!?
そういえば貴子、龍によく
思い返せば、龍の話をするとき、貴子の瞳は輝いていたかもしれない。
龍がいるとよく話しかけてたし。
でも、好きだったなんて……まったくわからなかった。
貴子が龍を好き……龍が貴子を好きなら、どうなる?
チクッ。
あれ? なんだか胸が……痛い?
「あれ、あれ? どうしたのかな? 胸が痛い?」
「え! なんでわかるの?」
貴子、エスパー?
私が焦っていると、彼女は腹を抱え大声で笑い出した。
「あはははっ! あんたって、ほんと面白いわ、一緒にいると退屈しない。
……安心して、私は龍さんが好きだけど、流華の方がもっと好きだから。あんたから龍さん取ったりしないよ」
「へ? 何言ってるの?」
私は貴子の言っている意味がわからず、ポカンとする。
満面の笑みを向けながら、貴子は私の肩を抱いて引き寄せた。
「流華、自分の気持ち早く気づいてあげて。……龍さんの気持ちもね」
貴子が私をぎゅっと抱きしめる。
彼女の突然の行動の意味がわからず、私はまだ呆然としていた。
「はあー、私ってなんていい子なんだろう!
流華、こんな親友を持った自分を誇りに思いなさいよ!」
自己完結して、うんうんと頷く貴子。
「あの、何がなんやら……」
私は戸惑いながら貴子へ視線を向ける。
すると、彼女は私に向け親指をビシッと立てた。
「大丈夫! 流華ならきっと答えに辿り着ける!」
「は、はあ……」
私はこのとき、貴子の言動をよく理解していなかった。
しかし、彼女の深い愛だけは確実に伝わってきて……。
そのあたたかな想いに、自然と私の頬は緩んだ。