貴子の意図がわからないまま、私は下校の時間を迎えた。
なんだろう、モヤモヤしてすっきりしない。
先ほど、ヘンリーはシャーロットと一緒に帰ってしまった。
こんなことも初めてだ。
今までずっと一緒に帰ってたのに。
あからさまに、ヘンリーは私のことを避けている。
学校を出た私は、いつもの道を一人とぼとぼと歩いていく。
門を出て、道なりに歩いていくと、龍が待っている路地へと辿り着く。
「お帰りなさい、お嬢」
いつもの場所で、いつも通り優しい笑顔の龍が迎えてくれる。
その風景に、なんだか胸がジーンとした。
ほっとして、私の目に涙がうっすらと滲んでいく。
「お嬢……」
龍が心配そうな表情で、私を見つめてくる。
いけない、また心配させてしまう。私は必死に笑顔を作った。
「さ、帰ろう、龍」
素早く龍の側を通り過ぎようとする。
しかし突然私の手が龍の手によって捕まってしまった。
ぎゅっと強く握りしめられる。
「え? 龍……」
驚いた表情で龍を見つめると、次の瞬間、大きな体がそっと私の体を包み込む。
あたたかな体温が私をすっぽりと覆いつくした。
トクン……。
心臓が、軽やかな音を奏でる。
龍の鼓動と息遣いが近くで聞こえ、ドキドキする。
「無理に笑わないでください、泣きたい時は泣いていいんです。
私の前では、嘘をつかなくていい……私はあなたの味方ですから」
龍の声が私の心にすっと沁み込んでくるようだ。心が温かくなって……安心する。
ほっとする、この感覚。
龍と一緒にいると、すべて大丈夫な気がしてくる。
悲しみも、不安な心も、龍には何でもわかっちゃうんだね……。
「龍、ありがと。もう大丈夫、帰ろ」
私はそっと龍の腕から逃れた。
なんだか、急に肌寒く感じられ……そんな自分のことがわからなくて、戸惑う。
龍に抱きしめられた時、私は罪悪感を抱いていた。
好きな人がいるのに、こんな風に抱かれるなんて……と。
って待て! 今私、龍のこと男として見た?
なんで? 貴子が言ってたこと、気にしてる?
「お嬢?」
考え込んでしまった私を龍が覗き込んでくる。
「うえっ!? なんでもない。さ、早く、帰ろ!」
余裕のない私は、龍を置いてさっさと歩き出した。
今、龍と真正面から向き合う勇気はない。
「あ、お待ちください! 私の側を離れてはいけません」
龍が近づいてくる気配に、なぜか私の足が急に駆け出す。
走り出した私に驚いた龍が、叫びながら後を追いかけてくる。
不毛な鬼ごっこが始まった。
それは、家に着くまで繰り広げられたのだった。
いったい私はどうしたっていうの?
「なんなの~っ」
頭を抱え、湯舟に頭を沈める。
帰った私は、頭の中を整理するため急いで風呂へと駆け込んだ。
しかし、風呂に入ったからといって、悩みが解決するわけもなく……。
湯舟に浸かりながら、先ほどの私の
ヘンリーの態度の変化で、きっと心が不安定になっているんだ。
そこへ貴子が変な勘ぐりを入れてきて、さらに龍が優しくしてくるもんだから……。
自分の気持ちがわからなくなっているんだ。
そう、きっとそうだ。
私が好きなのは、ヘンリー。
前世からずっと好きで、待ち望んでいた人。
心が求め、愛している人。ずっと一緒にいたい、離れたくない人。
……でも、これって私の感情なのかな?
如月流華が、心から望んでいる?
もしかして、貴子が言う様に、前世の姫の気持ちがそうさせているってことはないの?
わからない、わかんないよ!
むしゃくしゃする感情をぶつけるように、私はおもいきり水面を叩いた。
頭上に飛び散った水しぶきが私を濡らしていく。
はあ~っと大きなため息をつき、天井を見つめ考えにふける。
ヘンリーに感じているこの感情は、流華、あなたのもの?
それとも私の前世である姫、あなたのもの?
じゃあ、龍へのこの気持ちは?
貴子に言われるまで考えたこともなかったけれど、改めて龍のことを想った。
そしたら、龍のこともとても大切で、ずっと一緒にいたいし、離れたくない。ということがわかってしまった。
龍が誰かを好きになって、私のもとから離れていくって想像したら……心が苦しくなる。
心が
それに……龍には、ヘンリーにさえ感じない安心感を感じる。
隣にいてくれるだけでほっとするっていうか。隣にいることが当たり前で、自然。
今まで気づいてなかったけど……これって、好きってことなのかな。
私が本当に好きで、愛しているのは、どっち?
「あー、わっかんない! そんな高度なこと、私にわかるわけないじゃない!」
私が大声で喚いていると、扉越しに龍の気配を感じた。
「お嬢? どうされました? 大丈夫ですか?」
「え! ああ、大丈夫、大丈夫だから」
「はあ……」
お風呂の外で待機している龍が声をかけてきた。
今まで特に気にしてなかったけど。
すぐ傍に龍がいるのに、裸でいる自分が無性に恥ずかしくなってきた。
これって、龍を男として意識してるってことだよね。
今まで私、龍を家族のように思ってたから意識することもなかったけど。男として意識し出したら、途端にいろんなことに緊張してきた。
これから龍にどういう風に接していいかわからなくなるじゃない。
顔が火照ってきた。
やばい、のぼせそう。
「……お嬢、本当に大丈夫ですか?」
「へ? は、はい! 大丈夫だから、もうあがる!」
私の慌てた返答に、龍の小さな笑い声が聞こえてきた。
「わかりました。では、出口の外でお待ちしております」
龍はいつも通り、脱衣所の外へ出ていったようだ。
私がお風呂場にいるときは脱衣所で待機し、脱衣所へ行くときはその外で待機していてくれる。
男所帯の中で女一人の私を心配した龍が、出会った時からずっとこれを貫いている。
別に、心配するようなことは、何もないんだけどね。
そうやって、彼はずっと私のことをいつも見守ってくれているのだ。
片時も離れることなく……。
出会った頃から、それが当たり前だった。
龍という存在が、こんなにも私の中で大きく大切なものに育っていたなんて。
私は改めて思い知らされていた。