目次
ブックマーク
応援する
4
コメント
シェア
通報

第41話 本当の気持ち

 貴子の意図がわからないまま、私は下校の時間を迎えた。


 なんだろう、モヤモヤしてすっきりしない。


 先ほど、ヘンリーはシャーロットと一緒に帰ってしまった。

 こんなことも初めてだ。

 今までずっと一緒に帰ってたのに。


 あからさまに、ヘンリーは私のことを避けている。



 学校を出た私は、いつもの道を一人とぼとぼと歩いていく。


 門を出て、道なりに歩いていくと、龍が待っている路地へと辿り着く。


「お帰りなさい、お嬢」


 いつもの場所で、いつも通り優しい笑顔の龍が迎えてくれる。

 その風景に、なんだか胸がジーンとした。


 ほっとして、私の目に涙がうっすらと滲んでいく。


「お嬢……」


 龍が心配そうな表情で、私を見つめてくる。

 いけない、また心配させてしまう。私は必死に笑顔を作った。


「さ、帰ろう、龍」


 素早く龍の側を通り過ぎようとする。

 しかし突然私の手が龍の手によって捕まってしまった。

 ぎゅっと強く握りしめられる。


「え? 龍……」


 驚いた表情で龍を見つめると、次の瞬間、大きな体がそっと私の体を包み込む。

 あたたかな体温が私をすっぽりと覆いつくした。


 トクン……。

 心臓が、軽やかな音を奏でる。


 龍の鼓動と息遣いが近くで聞こえ、ドキドキする。


「無理に笑わないでください、泣きたい時は泣いていいんです。

 私の前では、嘘をつかなくていい……私はあなたの味方ですから」


 龍の声が私の心にすっと沁み込んでくるようだ。心が温かくなって……安心する。

 ほっとする、この感覚。


 龍と一緒にいると、すべて大丈夫な気がしてくる。

 悲しみも、不安な心も、龍には何でもわかっちゃうんだね……。


「龍、ありがと。もう大丈夫、帰ろ」


 私はそっと龍の腕から逃れた。


 なんだか、急に肌寒く感じられ……そんな自分のことがわからなくて、戸惑う。


 龍に抱きしめられた時、私は罪悪感を抱いていた。

 好きな人がいるのに、こんな風に抱かれるなんて……と。


 って待て! 今私、龍のこと男として見た?

 なんで? 貴子が言ってたこと、気にしてる?


「お嬢?」


 考え込んでしまった私を龍が覗き込んでくる。


「うえっ!? なんでもない。さ、早く、帰ろ!」


 余裕のない私は、龍を置いてさっさと歩き出した。

 今、龍と真正面から向き合う勇気はない。


「あ、お待ちください! 私の側を離れてはいけません」


 龍が近づいてくる気配に、なぜか私の足が急に駆け出す。

 走り出した私に驚いた龍が、叫びながら後を追いかけてくる。


 不毛な鬼ごっこが始まった。


 それは、家に着くまで繰り広げられたのだった。





 いったい私はどうしたっていうの?


「なんなの~っ」


 頭を抱え、湯舟に頭を沈める。


 帰った私は、頭の中を整理するため急いで風呂へと駆け込んだ。

 しかし、風呂に入ったからといって、悩みが解決するわけもなく……。


 湯舟に浸かりながら、先ほどの私の醜態しゅうたいに頭を悩ませる。


 ヘンリーの態度の変化で、きっと心が不安定になっているんだ。

 そこへ貴子が変な勘ぐりを入れてきて、さらに龍が優しくしてくるもんだから……。

 自分の気持ちがわからなくなっているんだ。

 そう、きっとそうだ。


 私が好きなのは、ヘンリー。


 前世からずっと好きで、待ち望んでいた人。

 心が求め、愛している人。ずっと一緒にいたい、離れたくない人。


 ……でも、これって私の感情なのかな?

 如月流華が、心から望んでいる?


 もしかして、貴子が言う様に、前世の姫の気持ちがそうさせているってことはないの?


 わからない、わかんないよ!


 むしゃくしゃする感情をぶつけるように、私はおもいきり水面を叩いた。

 頭上に飛び散った水しぶきが私を濡らしていく。


 はあ~っと大きなため息をつき、天井を見つめ考えにふける。


 ヘンリーに感じているこの感情は、流華、あなたのもの?

 それとも私の前世である姫、あなたのもの?


 じゃあ、龍へのこの気持ちは?


 貴子に言われるまで考えたこともなかったけれど、改めて龍のことを想った。

 そしたら、龍のこともとても大切で、ずっと一緒にいたいし、離れたくない。ということがわかってしまった。

 龍が誰かを好きになって、私のもとから離れていくって想像したら……心が苦しくなる。

 心がうずいて、お腹の辺りがずしんと重くなって、気分が悪い。


 それに……龍には、ヘンリーにさえ感じない安心感を感じる。

 隣にいてくれるだけでほっとするっていうか。隣にいることが当たり前で、自然。


 今まで気づいてなかったけど……これって、好きってことなのかな。


 私が本当に好きで、愛しているのは、どっち?


「あー、わっかんない! そんな高度なこと、私にわかるわけないじゃない!」


 私が大声で喚いていると、扉越しに龍の気配を感じた。


「お嬢? どうされました? 大丈夫ですか?」

「え! ああ、大丈夫、大丈夫だから」

「はあ……」


 お風呂の外で待機している龍が声をかけてきた。

 わめいている私を心配してくれたのだろう。


 今まで特に気にしてなかったけど。

 すぐ傍に龍がいるのに、裸でいる自分が無性に恥ずかしくなってきた。

 これって、龍を男として意識してるってことだよね。


 今まで私、龍を家族のように思ってたから意識することもなかったけど。男として意識し出したら、途端にいろんなことに緊張してきた。

 これから龍にどういう風に接していいかわからなくなるじゃない。


 顔が火照ってきた。

 やばい、のぼせそう。


「……お嬢、本当に大丈夫ですか?」

「へ? は、はい! 大丈夫だから、もうあがる!」


 私の慌てた返答に、龍の小さな笑い声が聞こえてきた。


「わかりました。では、出口の外でお待ちしております」


 龍はいつも通り、脱衣所の外へ出ていったようだ。


 私がお風呂場にいるときは脱衣所で待機し、脱衣所へ行くときはその外で待機していてくれる。

 男所帯の中で女一人の私を心配した龍が、出会った時からずっとこれを貫いている。

 別に、心配するようなことは、何もないんだけどね。


 そうやって、彼はずっと私のことをいつも見守ってくれているのだ。

 片時も離れることなく……。


 出会った頃から、それが当たり前だった。


 龍という存在が、こんなにも私の中で大きく大切なものに育っていたなんて。

 私は改めて思い知らされていた。


この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?