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第42話 気になる想い

 お風呂からあがった私はのぼせた身体を冷ますため、お気に入りの場所である縁側に腰をおろした。

 風が体を撫でていき、のぼせた体を冷やしていく。


 何気なく空を見上げると、ほんのりと明るい空に、一番星が光り輝いているのが見える。


「お嬢、お水をどうぞ」


 私の目の前に、そっとコップが差し出される。

 振り向くと、優しい眼差しを向ける龍と目が合った。


 欲しいと思うものを先回りして用意してくれる龍。

 こういうところも、当たり前で何も思っていなかったけど、本当にありがたいことなんだよね。としみじみ感じる。


「ありがと」


 龍からコップを受け取ると、私は水を一気に飲み干す。

 のぼせたせいか、結構喉が渇いていたらしい。


「もう一杯持ってきましょうか? 今日はいつもより喉が渇いておられるようですね」

「え、ええ。そうね、お願い」

「かしこまりました」


 水を取りに戻る龍の背中を見つめる。


 その大きくたくましい背中に……頼りになる男の背中に、視線が離せなくなった。


 はっ、何を!

 やだ、いったい私どうなっちゃったの?

 これじゃあ恋する乙女モードの思考みたいじゃない!


 私は恥ずかしくなってきて、手で顔を覆い、俯いた。




 しばらくして、龍が水を持って戻って来た。


「隣、いいですか?」

「うん……いいよ」


 龍はそっと私の隣に腰を下ろす。

 さりげなく間を空けて。


 これも龍が徹底して守っている私との距離。彼の心遣いが感じられる。


 龍が何かを思い出したようにクスッと笑い、私に尋ねてきた。


「先ほど、お風呂で何を叫んでいたのですか?」

「え!? えーと、別に、なんでもいいでしょっ」


 私は誤魔化すように、龍からコップを奪い水を飲み干した。

 龍のことで悩んでたなんて、言えるわけがない。


 私がそっぽ向くと、小さな笑い声が聞こえた。


「お嬢は面白いですね、一緒にいるとあきません」


 ん? このフレーズどこかで聞いたような……。


「な、何よ。それ、褒めてる?」

「はい。褒めております」


 嬉しそうに笑いながら龍がこちらへ視線を向ける。


 ドキッ。

 視線が重なった瞬間、心臓が鳴った。


 何? 今までそんなことなかったじゃない。

 やっぱり私、おかしい。

 龍のこと意識しすぎでしょ。


 すぐに龍から視線を逸らす。


「お嬢?」


 龍が私の顔を覗き込んでくる。

 近づく気配に、私は慌てて立ち上がった。


「もう、寝る。おやすみ」


 龍に背を向け、逃げるように歩き出した。


「お嬢、辛くありませんか?」


 思いもよらないその言葉に、私は立ち止まり振り返る。


 龍は静かに立ち上がると、ゆっくりと私に近付いてくる。

 そして、触れ合う程の距離からそっと見下ろされた。


 彼の背は高く、近くで見つめ合うとどうしても身長差が顕著けんちょになる。

 私はぐっと顔を上げ、龍のことを見つめた。


 すると、彼の切ない表情と揺れる瞳が、私の心を鷲掴わしづかんだ。


「私がこのことでとやかく言うのはどうかと思い、ずっと我慢しておりました。

 しかし……お嬢が辛そうにしている姿を見るのは、辛いです。

 私にできることは、お嬢の本心をお聞きし、心のままを受け止めること。

 泣き言や愚痴など、溜まっている感情は私にぶつけてください。溜め込むのはよくありません。

 私ならいくらでも受け止めます。何を聞いても受け止めますし、誰にも言いません。私の心に留めます。

 好きなだけ私にぶつけてくださって構わないので。

 ……だから、我慢しないでください」


 その真剣な眼差しから、彼の想いがひしひしと伝わってくるようだった。

 すごく心配してくれている……それは、きっとヘンリーのこと。


 ヘンリーの態度の変化に、私が傷ついていると思っているのだ。

 それは確かにそうだが……今悩んでいるのは別のこと。


 龍、あなたのことだよ。


 私がこれだけ悩んでいるのに、あなたは私のことで悩んでないの?

 いったい私のことはどう思っているの?

 あなたの気持ちが知りたいよ……。


「どうされました? そんな恐い顔をなさって」


 そう言われはっとする。

 私、恐い顔してた? い、いかん……。


「……なんでもない。あんたのせいよ」


 私が龍をじとっと見つめた。

 なんのことか自覚のない龍は、ただ戸惑うだけ。


「は? 私ですか? 私がお嬢に何か失礼をしてしまったのでしょうか?」


 急にオロオロと慌て出した龍が、私を心配そうに見つめてくる。


 もう、何もわかってないんだから……。

 ねえ、龍……あなたは私のこと、どう思ってるの? 

 前の私と同じで、家族としか思ってない、のかな? 妹みたいなもの?


 あなたの気持ちが知りたい。


「お嬢、いったいどうされたのですか?」


 龍を見つめたまま動かなくなってしまった私。

 その様子に動揺した龍が、目をクルクルと泳がせている。


 なんだか……可愛い。

 ここら一帯を取り仕切っているヤクザの組の若頭で、たくさんの人たちから恐れられているとは到底思えない。

 こんな姿を皆が知ったら、きっと威厳がなくなっちゃうね。


「ふふっ……」

「え? お嬢? なぜ笑うのですか?」

「なんでもないっ」


 私は龍に意地悪したくなって、そのまま背を向け歩き出す。


「ちょ、お嬢! 何ですか? 今の笑いはっ」


 焦った声で、私のあとを追ってくる龍。


「さあね、自分で考えなさい」


 私はそのまま階段を駆け上がり、自分の部屋へ入ると扉を閉めた。


 扉の向こうに龍の気配を感じる。

 どうしたものかと思案しているに違いない。


 私はそっと扉を開け、少しの隙間から龍の様子を覗いた。


「お嬢!」


 困った表情の龍が私の顔を見るなり笑顔になった。


「私のことで悩みなさい、おやすみ」


 私は無情にも扉を閉める。

 扉の向こうから龍の嘆きが聞こえてきていたが、私はそのままベッドに潜り込んだ。


 今日は、いろいろあったしなかなか眠れないかと思っていた。しかし、私は龍の声を子守唄にしながら、いつの間にか眠ってしまっていた。


 龍には悪いけれど、とても心地よく気持ちのいい眠りだった。


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