「ヘンリーたち、元気かなあ」
夜空の星を見上げながら、私はふとつぶやいた。
この世界とヘンリーの世界は繋がってはいないけれど、夜空に輝く星を眺めていると、想いは繋がっているような気がしてくる。
つい懐かしくて、ヘンリーたちの顔が頭の中に蘇った。
私のお気に入りの場所、縁側。
大きく伸びをして、空気を胸いっぱいに吸い込む。
気持ちよくて、私は大きく長い息を吐いた。
龍が用意してくれたお茶を一口飲む。
温かくてほっとする。心も安らいでいくようだ。
はあ、幸せ。
「あの人たちなら、きっと元気ですよ。
いつも
隣に座っている龍が私に微笑みかけ、一緒に夜空を見上げる。
月明りに照らされた龍は、なんだか色気があって……その横顔に私はまた見惚れてしまっていた。
その視線に気づいた龍が、こちらを向く。
視線が交わった途端、龍は慌てた様子で咳き込んだ。
「お嬢、そんな見つめないでください……恥ずかしいので」
真っ赤になってしまった龍に、今度は私が噴き出す。
「龍ったら、本当に見た目によらず乙女だねえ。可愛い」
「なっ!」
「あ、これ褒めてるんだよ。私だけに見せてくれる龍、嬉しいから」
私が可笑しそうにケラケラ笑うと、龍はたじたじという顔をしながら目を泳がせた。
愛しい人……私の王子様。
やっと気づけた、この気持ち。
嬉しくて、目を細めながら龍を愛おしく見つめる。
「お嬢……その顔は反則です」
龍は顔を真っ赤にしながら、何かに耐えるように苦しげに眉を寄せた。
え? 私どんな顔してたの? 恥ずかしいっ。
顔が熱くなる。
きっと私も顔が赤くなっているに違いない。
恥ずかしくなってきて、私は龍から顔を背けた。
すると、龍の手が私の頬にそっと触れ、顔を彼の方へと戻される。
熱を帯びたような潤んだ瞳が私を捉え離さない。
「今、無性にあなたにキスしたいんですけど……いいですか?」
なんでそういうこと聞くかな……。
まあ、龍らしいけど。
「そんなこと聞かないで。
もちろん……私も同じ気持ち」
照れくさそうに笑うと、龍は幸せそうに笑った。
その笑顔こそ、反則よ!
私の心が叫ぶ。
「流華さん……好きです。
これからも、永遠にあなたを愛し続けます」
月明かりの下、龍と私は口づけを交わした。
◇ ◇ ◇
時は
場所はイギリス。
王宮内にある一室から、王子の
「あーあ、つまんないっ」
ヘンリーはムッとした表情をしながら、やわらかそうなソファーにドカッと座る。
広い部屋には大きなベッド、豪華な机とソファー、いくつかの本棚が備え付けられている。
床に散乱しているのは、大きな動物のぬいぐるみたち。
これはヘンリーが寂しくないようにと、アルバートが配慮し用意したものだった。
「ヘンリー様、いつまでもそのような態度ばかり……いい加減、大人になってください」
散らかった部屋を片付けながら、アルバートが
流華と別れてから、ヘンリーはずっとこんな調子だ。
以前のように笑うことも減り、いつもつまらなそうな表情を浮かべている。
アルバートにはその理由がわかっていたが、ヘンリーのためにも流華のことを忘れさせようとしていた。
「そうだ、ヘンリー様。
今日もシャーロット様が遊びに来る予定ですよ」
アルバートが嬉しそうな微笑みをヘンリーに向ける。
「ふーん、あ、そう」
ヘンリーは相変わらずな
その様子に、アルバートは大きなため息を吐く。
持ってきたある物をヘンリーに見せつけながら言い聞かせた。
「シャーロット様がお嫌なのでしたら、こちらの方はどうですか?」
それはお見合い写真だった。
とても綺麗な女性がにこやかな表情で映っている。
かなりの美少女だ。
そんじょそこらの町娘とは格が違う。
綺麗で
近隣諸国のどこかの姫らしい。
普通の男なら大喜びするだろう、しかし……。
アルバートはこっそり、ヘンリーの態度を観察する。
写真をちらりと見たヘンリーはすぐに顔を背けた。
「……嫌だ。だって、流華じゃない」
これが本音だ。
ヘンリーは如月流華のことが忘れられない。
どんなに願おうが、もう会えない。どんなに想っても、決して結ばれることはない。
ヘンリーだってそれはわかっているはず。
頭では理解しても、心がいうことをきかないのだ。
「流華以外、愛せない。もう僕は恋をしない」
なんだか、どこかで聞いたようなセリフだな。とアルバートは心の中で毒づく。
「いい加減にしてください!」
突然アルバートが大きな声で叫んだので、ヘンリーは目を丸くした。
「もう会えないんですよ! あの方には絶対に、二度と!
想っていても仕方ないでしょう。あなたは王子なんです、自覚してください。
世継ぎを残さなければいけない、あんたがどんなに否定してもそれは変えられない事実なんです!
あなたの我がままで国を亡ぼすんですか? 大人になってください。
流華さんだって、今のあなたを見たらどう思うでしょうか?
流華さんに誇れる生き方をされたらどうですか? 彼女だって今のあなたを見たら嫌いになりますよ。それでいいのですか!?」
思いの丈を一気に吐き出したアルバートは、ぜえぜえと肩を上下に揺らしながら荒い息を撒き散らす。
突然キレたアルバートに驚いたヘンリーは、ポカンと口を開いた。
そして、徐々にしょんぼりと肩を落としていく。
「わかってる……わかってるよっ! そんなこと!
それでも僕の心には、いつも流華がいるんだ!」
子どものように
アルバートはあきれたような顔をしたあと、優しい表情になった。
親のような優しい眼差しをヘンリーに向け、先ほどとは違う柔らかな声音で言う。
「シャーロット様は、本当にヘンリー様のことを想っておられます。
あなたが流華さんを想うのと同じように。
彼女はとても素敵なレディーですよ。少しは真剣に考えてあげてください。
私も少し言い過ぎました、申し訳ありませんでした」
ヘンリーに一礼すると、アルバートは静かに部屋を出ていく。
残されたヘンリーはクッションに顔を埋めたまま、感情をぶつけるようにありったけの声で叫んだ。
叫び疲れたヘンリーは顔を上げ、そっとつぶやく。
「わかってる……」
ゆっくりと目を閉じ、楽しかったあの日々を思い出す。
「流華……」
ヘンリーの目から涙がこぼれ、頬を伝っていく。
そのまま、深い眠りへと落ちていった。
しばらくすると、アルバートがヘンリーの様子を見に部屋へ戻ってきた。
音を立てないように、そっとドアを開け中へと入っていく。
ソファーの上では、ヘンリーが幸せそうな顔でスヤスヤと眠っていた。
「おやおや、しかたない方ですね」
アルバートはヘンリーの体にそっと毛布をかける。
そのとき、ヘンリーの頬に涙の跡があることに気づいた。
「ヘンリー様……」
起こさないように、アルバートはヘンリーの頭をそっと優しく撫でた。
「苦しいでしょうが、頑張ってください。私がついております」
その寝顔を見つめながら、アルバート自身も流華たちとの日々に思いを
懐かしく、騒がしくも目まぐるしい……。
しかし、とても充実した、幸福だった日々。
「大丈夫、いつの日かまた会えます。その日を夢見て待ちましょう……」
そのとき、窓から射しこむ優しいひだまりと、暖かな風が二人を包み込む。
それは流華たちとの日々のようだった。
あたたかくて、幸せな……。
二人は幸せな夢を見る。
大好きな人のことを思い出しながら。
◇ ◇ ◇
「え?」
一人部屋にいた私は、なぜか誰かに呼ばれた気がして振り返った。
しかし、誰もいない。
当たり前だ、ここは私の部屋で、今は一人なのだから。
ふと、ヘンリーのことを思い出す。
彼らは元気で暮らしているだろうか。
そのとき、コトッと物音がした。
そこは、あの大切な
私はそっと机の引き出しを開けた。
そこには、ヘンリーから貰った指輪が置いてあった。
小さな箱を手に取り、高鳴る胸とともに箱を開く。
可愛らしい指輪が姿を現すと、その指輪が一瞬輝きを増した。
「……ヘンリー?」
もちろん返事はない。
でも返事をしてくれているような気がした。
「お嬢ー、朝ごはんができましたよー」
下から龍の声が聞こえる。
「はーい! 今行くー」
私は指輪にそっと触れると微笑んだ。
「行ってきます」
元の場所へ指輪を戻すと、私は部屋を出て行った。
ヘンリー、私はあなたのことを決して忘れない。
だって私が時を超え、愛した人だから。
今は違う時代を生き、違う人を愛しているけれど……。
きっと、またあなたと出会える。
何度も、何度でも、きっと……。
大切な思い出をありがとう。
大切な想いに気づかせてくれてありがとう。
私の大好きな人。
あなたを忘れない、永遠に――
☆第1部完。 そして……物語は第2部へと続く……かも(〃´∪`〃)ゞ