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第53話 遠く離れても……

「ヘンリーたち、元気かなあ」


 夜空の星を見上げながら、私はふとつぶやいた。


 この世界とヘンリーの世界は繋がってはいないけれど、夜空に輝く星を眺めていると、想いは繋がっているような気がしてくる。


 つい懐かしくて、ヘンリーたちの顔が頭の中に蘇った。



 私のお気に入りの場所、縁側。


 大きく伸びをして、空気を胸いっぱいに吸い込む。

 気持ちよくて、私は大きく長い息を吐いた。


 龍が用意してくれたお茶を一口飲む。

 温かくてほっとする。心も安らいでいくようだ。


 はあ、幸せ。


「あの人たちなら、きっと元気ですよ。

 いつもうるさいくらい騒々しい人たちでしたから」


 隣に座っている龍が私に微笑みかけ、一緒に夜空を見上げる。


 月明りに照らされた龍は、なんだか色気があって……その横顔に私はまた見惚れてしまっていた。

 その視線に気づいた龍が、こちらを向く。


 視線が交わった途端、龍は慌てた様子で咳き込んだ。


「お嬢、そんな見つめないでください……恥ずかしいので」


 真っ赤になってしまった龍に、今度は私が噴き出す。


「龍ったら、本当に見た目によらず乙女だねえ。可愛い」

「なっ!」

「あ、これ褒めてるんだよ。私だけに見せてくれる龍、嬉しいから」


 私が可笑しそうにケラケラ笑うと、龍はたじたじという顔をしながら目を泳がせた。


 愛しい人……私の王子様。

 やっと気づけた、この気持ち。


 嬉しくて、目を細めながら龍を愛おしく見つめる。


「お嬢……その顔は反則です」


 龍は顔を真っ赤にしながら、何かに耐えるように苦しげに眉を寄せた。


 え? 私どんな顔してたの? 恥ずかしいっ。

 顔が熱くなる。

 きっと私も顔が赤くなっているに違いない。


 恥ずかしくなってきて、私は龍から顔を背けた。

 すると、龍の手が私の頬にそっと触れ、顔を彼の方へと戻される。


 熱を帯びたような潤んだ瞳が私を捉え離さない。


「今、無性にあなたにキスしたいんですけど……いいですか?」


 なんでそういうこと聞くかな……。

 まあ、龍らしいけど。


「そんなこと聞かないで。

 もちろん……私も同じ気持ち」


 照れくさそうに笑うと、龍は幸せそうに笑った。


 その笑顔こそ、反則よ!

 私の心が叫ぶ。


「流華さん……好きです。

 これからも、永遠にあなたを愛し続けます」


 月明かりの下、龍と私は口づけを交わした。



 ◇ ◇ ◇



 時はさかのぼり、十九世紀後半……。

 場所はイギリス。


 王宮内にある一室から、王子のなげきが響き渡っていた。


「あーあ、つまんないっ」


 ヘンリーはムッとした表情をしながら、やわらかそうなソファーにドカッと座る。


 広い部屋には大きなベッド、豪華な机とソファー、いくつかの本棚が備え付けられている。

 床に散乱しているのは、大きな動物のぬいぐるみたち。

 これはヘンリーが寂しくないようにと、アルバートが配慮し用意したものだった。


「ヘンリー様、いつまでもそのような態度ばかり……いい加減、大人になってください」


 散らかった部屋を片付けながら、アルバートが辟易へきえきした様子でヘンリーに声をかけた。


 流華と別れてから、ヘンリーはずっとこんな調子だ。

 以前のように笑うことも減り、いつもつまらなそうな表情を浮かべている。

 アルバートにはその理由がわかっていたが、ヘンリーのためにも流華のことを忘れさせようとしていた。


「そうだ、ヘンリー様。

 今日もシャーロット様が遊びに来る予定ですよ」


 アルバートが嬉しそうな微笑みをヘンリーに向ける。


「ふーん、あ、そう」


 ヘンリーは相変わらずな仏頂面ぶっちょうづらだ。


 その様子に、アルバートは大きなため息を吐く。

 持ってきたある物をヘンリーに見せつけながら言い聞かせた。


「シャーロット様がお嫌なのでしたら、こちらの方はどうですか?」


 それはお見合い写真だった。

 とても綺麗な女性がにこやかな表情で映っている。


 かなりの美少女だ。

 そんじょそこらの町娘とは格が違う。

 綺麗であでやかで色気もある。王家に相応しい気品と美しさを兼ね備えた女性。

 近隣諸国のどこかの姫らしい。


 普通の男なら大喜びするだろう、しかし……。


 アルバートはこっそり、ヘンリーの態度を観察する。

 写真をちらりと見たヘンリーはすぐに顔を背けた。


「……嫌だ。だって、流華じゃない」


 これが本音だ。


 ヘンリーは如月流華のことが忘れられない。

 どんなに願おうが、もう会えない。どんなに想っても、決して結ばれることはない。

 ヘンリーだってそれはわかっているはず。


 頭では理解しても、心がいうことをきかないのだ。


「流華以外、愛せない。もう僕は恋をしない」


 なんだか、どこかで聞いたようなセリフだな。とアルバートは心の中で毒づく。


「いい加減にしてください!」


 突然アルバートが大きな声で叫んだので、ヘンリーは目を丸くした。


「もう会えないんですよ! あの方には絶対に、二度と!

 想っていても仕方ないでしょう。あなたは王子なんです、自覚してください。

 世継ぎを残さなければいけない、あんたがどんなに否定してもそれは変えられない事実なんです!

 あなたの我がままで国を亡ぼすんですか? 大人になってください。

 流華さんだって、今のあなたを見たらどう思うでしょうか?

 流華さんに誇れる生き方をされたらどうですか? 彼女だって今のあなたを見たら嫌いになりますよ。それでいいのですか!?」


 思いの丈を一気に吐き出したアルバートは、ぜえぜえと肩を上下に揺らしながら荒い息を撒き散らす。


 突然キレたアルバートに驚いたヘンリーは、ポカンと口を開いた。

 そして、徐々にしょんぼりと肩を落としていく。


「わかってる……わかってるよっ! そんなこと!

 それでも僕の心には、いつも流華がいるんだ!」


 子どものようにね、顔をクッションにうずめるヘンリー。


 アルバートはあきれたような顔をしたあと、優しい表情になった。

 親のような優しい眼差しをヘンリーに向け、先ほどとは違う柔らかな声音で言う。


「シャーロット様は、本当にヘンリー様のことを想っておられます。

 あなたが流華さんを想うのと同じように。

 彼女はとても素敵なレディーですよ。少しは真剣に考えてあげてください。

 私も少し言い過ぎました、申し訳ありませんでした」


 ヘンリーに一礼すると、アルバートは静かに部屋を出ていく。


 残されたヘンリーはクッションに顔を埋めたまま、感情をぶつけるようにありったけの声で叫んだ。



 叫び疲れたヘンリーは顔を上げ、そっとつぶやく。


「わかってる……」


 ゆっくりと目を閉じ、楽しかったあの日々を思い出す。


「流華……」


 ヘンリーの目から涙がこぼれ、頬を伝っていく。


 そのまま、深い眠りへと落ちていった。




 しばらくすると、アルバートがヘンリーの様子を見に部屋へ戻ってきた。

 音を立てないように、そっとドアを開け中へと入っていく。


 ソファーの上では、ヘンリーが幸せそうな顔でスヤスヤと眠っていた。


「おやおや、しかたない方ですね」


 アルバートはヘンリーの体にそっと毛布をかける。

 そのとき、ヘンリーの頬に涙の跡があることに気づいた。


「ヘンリー様……」


 起こさないように、アルバートはヘンリーの頭をそっと優しく撫でた。


「苦しいでしょうが、頑張ってください。私がついております」


 その寝顔を見つめながら、アルバート自身も流華たちとの日々に思いをせた。


 懐かしく、騒がしくも目まぐるしい……。

 しかし、とても充実した、幸福だった日々。


「大丈夫、いつの日かまた会えます。その日を夢見て待ちましょう……」


 そのとき、窓から射しこむ優しいひだまりと、暖かな風が二人を包み込む。


 それは流華たちとの日々のようだった。

 あたたかくて、幸せな……。



 二人は幸せな夢を見る。

 大好きな人のことを思い出しながら。



 ◇ ◇ ◇



「え?」


 一人部屋にいた私は、なぜか誰かに呼ばれた気がして振り返った。


 しかし、誰もいない。

 当たり前だ、ここは私の部屋で、今は一人なのだから。


 ふと、ヘンリーのことを思い出す。

 彼らは元気で暮らしているだろうか。


 そのとき、コトッと物音がした。


 そこは、あの大切なをしまった場所。


 私はそっと机の引き出しを開けた。

 そこには、ヘンリーから貰った指輪が置いてあった。


 小さな箱を手に取り、高鳴る胸とともに箱を開く。

 可愛らしい指輪が姿を現すと、その指輪が一瞬輝きを増した。


「……ヘンリー?」


 もちろん返事はない。

 でも返事をしてくれているような気がした。


「お嬢ー、朝ごはんができましたよー」


 下から龍の声が聞こえる。


「はーい! 今行くー」


 私は指輪にそっと触れると微笑んだ。


「行ってきます」


 元の場所へ指輪を戻すと、私は部屋を出て行った。






 ヘンリー、私はあなたのことを決して忘れない。


 だって私が時を超え、愛した人だから。


 今は違う時代を生き、違う人を愛しているけれど……。

 きっと、またあなたと出会える。


 何度も、何度でも、きっと……。



 大切な思い出をありがとう。

 大切な想いに気づかせてくれてありがとう。


 私の大好きな人。


 あなたを忘れない、永遠に――






 ☆第1部完。 そして……物語は第2部へと続く……かも(〃´∪`〃)ゞ


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