学校が終わると、私は改めて中村透真に会いに病院へ向かった。
彼にも、どうしても話しておかねばならないことがある。
いつものように、龍は病室までついてくると扉の前で待機する。
不安げに龍を見つめると、彼は優しい眼差しを向け力強く頷き返してくれた。
うん、大丈夫。
私はしっかりと頷き返す。
病室の扉をノックすると、中から返事がした。
なんだか緊張する。
あの日、彼に助けてもらってから、意識がある状態で会うのはこれが初めてだ。
「失礼します」
私は大きく深呼吸し、病室へと足を踏み入れた。
ベッドの上には、優しい笑みを浮かべる中村透真の姿があった。
彼の視線は私へとまっすぐに向けられている。
彼を見た瞬間。
心臓が跳ね、思わず足が止まった。
やっぱり、ヘンリーに似てる……。
私を助けてくれた命の恩人。そして、ヘンリーの生まれ変わり。
「やっと、会えたね」
中村透真が嬉しそうに笑った。
なんだか……ヘンリーに言われているような気がして、胸が締め付けられる。
落ち着け、自分。
私は深呼吸してから、ゆっくりと彼の側へと歩みを進めた。
「あ、あの、助けてくれてありがとう……ずっとお礼を言いたかった。
もう、体は大丈夫?」
緊張しながら、おずおずと彼に尋ねる。
すると、中村透真はニコッと可愛く微笑んで、元気だとアピールするようにガッツポーズをする。
「うん、心配いらない、元気だよ。
でも……なんだか、長い夢を見ていたんだ」
「夢?」
ゆっくりと頷き、私を見つめ、彼は懐かしむような顔をする。
「僕は王子で、隣国の姫に恋をした……」
中村透真は思い出を語るように、夢の内容を聞かせてくれた。
その話は、まさしくヘンリーと私の前世そのものだった。
もちろん彼の前世でもある。
もしかして、彼はヘンリーが現れてからずっと、その物語の中を
「そのお姫様、君に似てるんだ。不思議だよね?」
中村透真が愛おしそうに見つめてくる。
「そう、だね……」
私は何て言ったらいいかわからず、視線を逸らし
「あのさ、こんなこと言うと驚くだろうけど。
……僕、ずっと前から君のこと、気になってたんだ」
「え?」
彼の発言に驚いた私は目を見開いた。
中村透真は照れ臭そうに視線を泳がしながら、こちらをちらちらと見つめてくる。
「登下校の時、君を見かけて。
何度も目にするうちに、自然といいなって思うようになって……惹かれていった。
あの日も、君のことを目で追っていたから咄嗟に助けられたんだ」
あの日……私が暴漢に襲われ、彼が助けてくれた日のことだ。
あのとき既に、彼は私のことを知っていた?
初めて知る事実に、驚く。
これも前世の影響なのかな?
知らず知らずのうちに、彼の中で眠る王子の魂が姫を求めていたってこと?
呆然としている私に、彼の真剣な眼差しが向けられる。
「今回のことは気にしないで。
こんなこと言うと
僕はラッキーだと思ってるんだ。
君と知り合えたから。
今言うと、これを口実にしているみたいで
彼は私の手を取り、感情のこもった強い眼差しを向ける。
「……僕は、君が好きだ。もしよければ、僕と付き合ってくれませんか?」
彼の瞳が私を射抜いた瞬間……。
ヘンリーと重なった。
息が止まり、目頭が熱くなる。
まさか、こんなことになるなんて……。
私はただ助けてもらったお礼と、ヘンリーのことを伝えたくてここに来た。
もしかしなくても、彼が私に惹かれた理由は前世の想い。
それが影響しているのだろう。
やっぱり話さなきゃ。
「あの、そのことで、あなたに話さなくちゃいけないことがあるの。
信じられないような話だけど、どうか聞いて欲しい」
私は意を決して、これまでに起きたヘンリーたちとの不思議な出来事を話していく。
彼は驚きながらも、黙って私の話を最後まで聞いてくれた。
話を聞き終えた彼は、ただ茫然と前を見つめている。
「そんなことが……本当にあるなんて」
「信じられないよね。私も自分の身にこんなことが起こるなんて、思ってなかった。
でもこれが真実なの。
透真君の気持ちは嬉しいけど……その気持ちは、前世からくるものなのかもしれない」
中村透真は俯き、しばらく考え込む。
そして、もう一度顔を上げた彼は私を見つめる。その顔が、ヘンリーの面影と重なった。
愛おしげに見つめるその表情……やっぱりそっくりだ。
「この気持ちが前世のものなのか、僕のものなのか、本当のところはわからない。
……でも、君を愛おしいと思う気持ちに変わりはないよ。
前世で幸せになれなかったのなら、今世で幸せになってはいけないの?」
中村透真は、懇願するような表情と瞳を向けてくる。
やめて、そんな風に見つめないで!
ヘンリーにそっくりな顔と声と瞳で……。
私の中の何かがドクンドクンと苦しげに呻いた。
それに必死に抗いながら、私は拳を握りしめる。
「っごめんなさい……私、好きな人がいるの。
ヘンリーやあなたのことはもちろん好きだけど、それ以上に好きな人。
如月流華として、愛する人ができた。
透真君にも、これから先そういう人ができるかもしれない。
前世の想いのせいで、その人への気持ちに気づけないのは……駄目だから」
私は誠心誠意、今の自分の気持ちを彼にぶつける。
前世の想いは、強力だ。
その気持ちを本当の気持ちと勘違いしてしまうのはしょうがない。私もそうだったから。
でも、それは今世の気持ちに蓋をしてしまう作用がある。
それだけは防がないといけない、と思うから。
「なんで? 今の僕は君が好きなんだよ。他に誰か気になっている人なんていない。
この気持ちが嘘? そんなの信じられない!
これは大切な僕の気持ちだ。君を好き、それだけが真実だ。
……僕はあきらめないよ」
力強い瞳……。
ヘンリーの真剣な顔を思い出す。
わかってるよ、その想いが決して嘘じゃないこと。
私もヘンリーへの想いは嘘じゃなかった。
でも、少なからず前世の想いを引き継いでいることも事実。
そして、如月流華が今、心の底から必要としている人がいることも……。
私は中村透真を正面から見据え、深く頷いた。
「わかってるよ。私のこの気持ちも、透真君の気持ちも、本当。それに嘘はない。
でも、私はこの世界で一番大切で愛しい人を見つけてしまったんだ。
だから……あなたの気持ちに応えることはできない。ごめんなさい」
私は深く頭を下げる。
しばしの沈黙のあと、彼は静かに口を開いた。
「やめてよ、顔をあげて。
……君の気持ちはわかった。でも、僕の気持ちだって簡単にあきらめられるようなものじゃないんだ。
ヘンリーの気持ちだってきっと同じだったはず、僕にはわかるよ。
彼のためにも、僕は君をあきらめるわけにはいかない。覚悟しておいて」
中村透真は不器用に微笑んだ。
その瞳は、わずかに潤んでいるように見える。
――この笑顔に、私は何度救われてきたのだろう。
泣きそうになるのを必死に隠しながら、私は笑顔を作った。
きっと、少しいびつな表情になっていたに違いない。
「ありがとう、透真君」
私が差し出したその手を、彼は優しく握り返してくれる。
決して忘れない……ヘンリーのことも、透真君のことも。