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第51話 帰っちゃった……

 ヘンリーが消えたあと、私はシャーロットとアルバートを探した。

 しかし、どこを探しても二人の姿は見当たらなかった。


 きっとヘンリーと一緒に、元の世界へ帰っていったのだろう。


 なんとも不思議な話だけれど、そうとしか思えなかった。




「みんな、帰っちゃった……」


 その夜、縁側に座りながら月を見上げ、そっとつぶやく。


 騒がしかった日々が嘘のように、家の中は静まり返っていた。


 時折、まだヘンリーたちがいるような気がして、振り返ってしまうことがある。

 それだけ、彼らはもう私の日常の一部だったんだ、と思い知らされる。


 想いをせるように、月をじっと見つめる。


 隣に座る龍が、慣れない手つきで私の肩をそっと抱き寄せた。

 その温もりに包まれながら、私は幸せを噛みしめ、そっと目をつむった。


 脳裏に、ヘンリーたちの顔が浮かんでいく。


「……きっと忘れない。ヘンリーたちは、私の心の中でずっと生き続けてる」

「そうですね」


 龍は優しい笑みを浮かべ、私を見つめる。

 その穏やかな表情を見ながら、自然と笑みがこぼれた。



 龍は、病院から抜け出してきたあと、そのままこの家に居続けることを選んだ。


 戻るよう言うが、龍は頑なに拒否し、私の傍にいると言い張った。

 彼いわく、自分は頑丈で回復力も尋常ではないから大丈夫、だそうだ。


 あとは、家で安静に過ごしていれば問題ないと、自分の意志を曲げなかった。


「そんなに、私と離れたくないの?」


 冗談交じりに問うと、龍は顔を真っ赤にして恥ずかしそうに頷いた。


 キュン……胸が高鳴った。

 何、その反応!

 心の中で思わず突っ込んでしまう。


 龍って、ギャップがすごい。

 普段は冷静沈着で仕事のできるクールな男って感じなのに、私の前ではヘタレになったり、まるで乙女のような反応をする。


 まあ、そこが可愛いんだけどね。


 その後、誰かから電話がかかってきて、龍はしばらく叱られているようだったが、最終的にはうまく丸め込んだようだ。

 電話口でスラスラと嘘を織り交ぜながら説き伏せる彼の姿に、思わず笑ってしまった。


 龍って、私以外には弁が立つよね。

 私の前だと、すぐしどろもどろになるくせに。


 結局、あとでおじいちゃんにこっぴどく叱られていたけれど。


 勝手に病院を抜け出したことを、祖父は相当心配していたのだろう。

 帰ってくるなり、龍は大声で怒鳴られていた。


 それだけ、彼のことを大切に思っている証拠だ。


 祖父に叱られ、しょんぼりと肩を落とす龍。

 その姿が、なんとも微笑ましかった。




 龍を愛おしそうに見つめる。

 月明かりに照らされた彼の横顔が、あまりにも格好良くて、思わず見惚れてしまう。


 ふと、いたずら心が芽生え、意地悪なことを言いたくなった。


「それに、ヘンリーがいなかったら、龍への気持ちに気づけなかったかもしれないもんね」


 悪戯っ子のような笑みを浮かべ、龍の反応を窺う。


「お嬢……本当にヘンリーより私のこと、好きなんですよね?」


 自信なさげに問いかける龍が、なんだか可愛い。

 もっと困らせてやりたい、という欲が出た。


「あ、信じてないの? ひどい!」


 頬を膨らませると、龍は焦ったように否定する。


「ち、違います! 心配なんです!

 お嬢が本当に私を好きだなんて……まだ夢みたいで。

 気まぐれとか、また気持ちが変わるとか、そんなことになったらどうしようって……。

 決して信じていないわけでは!」


 龍の必死な姿に愛しさが募る。

 私は衝動的に口づけをした。


「っ!」


 龍の目が丸く見開かれ、戸惑いの視線が向けられる。


「これが答え。私が心から愛しているのは、龍、あなたよ」


 満面の笑みを向けると、龍の顔がみるみる赤く染まっていくのがわかった。


「お嬢……あなたって人は……」


 龍の大きな体が、そっと私を包み込む。

 彼の温もりに、安心して身を委ねる。


「私は果報者です。お嬢がたとえ他の誰を好きでも、私は生涯あなたを愛し続けます。

 ……しかし、私を好きでいてくれるなら、もう二度とあなたのことを離しはしません。覚悟してください」


 龍の腕に力が込められ、体がギュッと密着する。


 心臓の音が大きくなっていき、もう、ドキドキが止まらない。


 私は龍の背に手を回し、ギュッと抱きしめ返した。


「龍……大好き」


 熱のこもった潤んだ瞳がぶつかり合う。


 龍は嬉しそうに微笑むと、そっと私に口づけを落とした。


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