「お嬢! 中村さんの意識が戻ったそうです!」
突然の大声に驚き、私は思わず声の方へと振り向いた。
縁側から険しい表情でこちらを見つめているのは――龍。
肩で息をしながら、必死に何かを訴えようとしている。
「龍っ!? なんで、あなたがここにいるのよ!」
混乱しながらも、私は駆け寄っていく。
「まだ退院じゃないでしょ? 体は大丈夫なの?」
ついさっきまで、病院のベッドに横たわっていたはずだ。
一歩間違えれば命を落としかねない重傷を負っていたのに。
なぜここに?
龍の前に立ち、隅々まで彼の体をチェックしていく。
多少疲れは見えるが、息が少し上がっている程度で大きな問題はなさそうだ。
ほっと胸をなでおろす。
私が心配そうに彼の腕に触れると、龍は気まずそうに微笑んだ。
「すみません、一刻も早くお嬢に伝えたくて……気づいたら病院から抜け出していました」
龍の体がふらりと揺れる。
私は慌てて彼の体を支え、睨み付けた。
「もう……無理して……バカ」
中村透真の意識が戻った――
それを一刻も早く私に伝えたかったのだ。
本当に、いつも私のことばっかりなんだから……。
彼のまっすぐな想いに、胸が熱くなる。
心配よりも、愛しさが溢れていく。
その気持ちのままに、私はそっと龍を抱きしめていた。
すると、龍も強く抱きしめ返してくれる。
「いっつも龍は、僕の邪魔をするよね」
ふと、そばで声がした。
振り向くと、いつの間にかヘンリーが私たちの近くにいた。
その表情はあきれ顔だ。
はあっと大きなため息を吐いたあと、ヘンリーが龍を見つめた。
二人の視線が交差した直後、ふっと笑い合った。
その笑みには、皮肉も混ざっていた。
しかし、それ以上にお互いを認め合っているような、そんな感情がそこにはあるように感じられた。
ヘンリーは私に近づき、優しく微笑みかける。
「これで、お別れだね。
彼が目覚めた以上、僕はこの世界にはいられない。
最後に流華の本心が聞けてよかった。ちゃんと、仲直りできてよかった」
綺麗で澄んだ瞳が私を捉える。
最初から何もかも覚悟していたような瞳。
中村透真が目覚めるということは、ヘンリーがこの世界から消えるということ。
彼はずっと前からそれを理解し、受け入れていたんだ。
好きな人と永遠に別れなくてはいけない。
その事実に向き合い、覚悟する。
それは、どれほど辛いことだろう。
ヘンリーは私の手を取り、ぎゅっと握りしめた。
「流華……ありがとう。君に会えてよかった。
君を好きになって――僕を好きになってくれて。
たくさんの思い出を作ってくれて……僕は幸せだよ」
泣きそうな顔を歪めながら、ヘンリーは精一杯の笑みを浮かべた。
そして龍へと視線を移す。
その眼差しには、熱い想いが込められていた。
「龍……流華を頼んだよ」
龍は静かに、しかし力強く頷いた。
「ああ、俺は必ずお嬢を幸せにする」
その言葉に、ヘンリーは安心したように笑った。
そして、もう一度私のことを見つめる。
揺れる瞳。
きっと、私の瞳も同じように揺れている。
「ヘンリー……私の方こそ、ありがとう。
ヘンリーと出会えて、本当に良かった」
溢れ出るたくさんの想いを込め、私は飛び切りの笑顔を作った。
押し寄せる寂しさや悲しみ、涙を必死にこらえながら。
ヘンリーも、それに応えるように満面の笑みを見せた。
「流華、愛してる……ずっと、永遠に」
その言葉が終わるか終わらないうちに、ヘンリーの体から強い光が放たれる。
眩しさに耐えられず、私は目を閉じた。
光はしばらく続き、やがてゆっくりと弱まっていく。
そっと目を開けると、そこにヘンリーの姿はなかった。
辺りを見渡してみても、同じ。
さっきまで笑っていたヘンリーは、もうどこにもいない。
もう、二度と会えない。
胸が締めつけられた。
目頭が熱くなり、視界が滲んでいく。
「……ばいばい、ヘンリー」
涙でいっぱいの目を細め、微かに笑う。
そして、告げた。
「さようなら――」