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第50話 別れ

「お嬢! 中村さんの意識が戻ったそうです!」


 突然の大声に驚き、私は思わず声の方へと振り向いた。


 縁側から険しい表情でこちらを見つめているのは――龍。

 肩で息をしながら、必死に何かを訴えようとしている。


「龍っ!? なんで、あなたがここにいるのよ!」


 混乱しながらも、私は駆け寄っていく。


「まだ退院じゃないでしょ? 体は大丈夫なの?」


 ついさっきまで、病院のベッドに横たわっていたはずだ。

 一歩間違えれば命を落としかねない重傷を負っていたのに。


 なぜここに?


 龍の前に立ち、隅々まで彼の体をチェックしていく。

 多少疲れは見えるが、息が少し上がっている程度で大きな問題はなさそうだ。


 ほっと胸をなでおろす。


 私が心配そうに彼の腕に触れると、龍は気まずそうに微笑んだ。


「すみません、一刻も早くお嬢に伝えたくて……気づいたら病院から抜け出していました」


 龍の体がふらりと揺れる。

 私は慌てて彼の体を支え、睨み付けた。


「もう……無理して……バカ」


 中村透真の意識が戻った――

 それを一刻も早く私に伝えたかったのだ。


 本当に、いつも私のことばっかりなんだから……。


 彼のまっすぐな想いに、胸が熱くなる。

 心配よりも、愛しさが溢れていく。


 その気持ちのままに、私はそっと龍を抱きしめていた。

 すると、龍も強く抱きしめ返してくれる。


「いっつも龍は、僕の邪魔をするよね」


 ふと、そばで声がした。


 振り向くと、いつの間にかヘンリーが私たちの近くにいた。

 その表情はあきれ顔だ。


 はあっと大きなため息を吐いたあと、ヘンリーが龍を見つめた。


 二人の視線が交差した直後、ふっと笑い合った。


 その笑みには、皮肉も混ざっていた。

 しかし、それ以上にお互いを認め合っているような、そんな感情がそこにはあるように感じられた。


 ヘンリーは私に近づき、優しく微笑みかける。


「これで、お別れだね。

 彼が目覚めた以上、僕はこの世界にはいられない。

 最後に流華の本心が聞けてよかった。ちゃんと、仲直りできてよかった」


 綺麗で澄んだ瞳が私を捉える。


 最初から何もかも覚悟していたような瞳。


 中村透真が目覚めるということは、ヘンリーがこの世界から消えるということ。

 彼はずっと前からそれを理解し、受け入れていたんだ。


 好きな人と永遠に別れなくてはいけない。


 その事実に向き合い、覚悟する。

 それは、どれほど辛いことだろう。


 ヘンリーは私の手を取り、ぎゅっと握りしめた。


「流華……ありがとう。君に会えてよかった。

 君を好きになって――僕を好きになってくれて。

 たくさんの思い出を作ってくれて……僕は幸せだよ」


 泣きそうな顔を歪めながら、ヘンリーは精一杯の笑みを浮かべた。

 そして龍へと視線を移す。


 その眼差しには、熱い想いが込められていた。


「龍……流華を頼んだよ」


 龍は静かに、しかし力強く頷いた。


「ああ、俺は必ずお嬢を幸せにする」


 その言葉に、ヘンリーは安心したように笑った。

 そして、もう一度私のことを見つめる。


 揺れる瞳。


 きっと、私の瞳も同じように揺れている。


「ヘンリー……私の方こそ、ありがとう。

 ヘンリーと出会えて、本当に良かった」


 溢れ出るたくさんの想いを込め、私は飛び切りの笑顔を作った。

 押し寄せる寂しさや悲しみ、涙を必死にこらえながら。


 ヘンリーも、それに応えるように満面の笑みを見せた。


「流華、愛してる……ずっと、永遠に」


 その言葉が終わるか終わらないうちに、ヘンリーの体から強い光が放たれる。

 眩しさに耐えられず、私は目を閉じた。


 光はしばらく続き、やがてゆっくりと弱まっていく。


 そっと目を開けると、そこにヘンリーの姿はなかった。


 辺りを見渡してみても、同じ。

 さっきまで笑っていたヘンリーは、もうどこにもいない。


 もう、二度と会えない。


 胸が締めつけられた。

 目頭が熱くなり、視界が滲んでいく。


「……ばいばい、ヘンリー」


 涙でいっぱいの目を細め、微かに笑う。

 そして、告げた。


「さようなら――」


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