龍との別れを惜しみつつ病院から帰ってきた私は、ヘンリーと二人きりで話をするため、彼を呼び出した。
どうしても決着をつけなければならないことがある。
私は気合いを入れ、屋敷の庭にある池のほとりでヘンリーを待つことにした。
この庭には小さな池がある。よく立派なお屋敷にあるような
それが私の家にもあった。
水面をゆったりと泳ぐ鯉に餌をやりながら、私は一人静かに待つ。
しばらくすると、ヘンリーが現れた。
視線を逸らし、どこか気まずそう。
その表情からは、何の感情も読み取れない。
ただ、雰囲気が重いことだけは伝わってきた。
「何か用?」
相変わらずのぶっきらぼうな声……以前のヘンリーとはまるで別人みたい。
前は私が話しかけるだけで、あんなに嬉しそうにしていたのに。
「うん、ちょっと……話しておきたいことがあるんだ」
私が真剣な眼差しを向けると、ヘンリーが先に口を開いた。
「……龍は、どうだったの?」
その言葉に、一瞬考え込む。
そういえば、ヘンリーたちも龍の事件について聞いているはず。
きっと心配していたのだろう。
少しでも安心させようと、私は微笑みかける。
「大丈夫、命に別状はないし。すぐに退院できるって」
「そっか……よかった」
ほっとしたように微笑むヘンリー。
その優しい笑顔に、胸が痛んだ。
そう、これが本来の彼。
優しくて、純粋で……私が時を超え愛した人。
そんな彼に、これから残酷な言葉を告げようとしている。
どうしようもない苦しさを覚え、
私はその迷いから逃れるように、思考を切り替える。
そうだ、まずはずっと聞きたかったことを聞こう。
ヘンリーの態度が急変した理由。
私には、それがどうしてもわからなかった。
シャーロットのことを本気で好きになったようには見えなかったし。
あの突然の態度の変化はどう考えてもおかしい。
「ねえ、一つ聞いていい? なんで急に私に冷たくなったの?」
ずっと聞きたかった。
でも、怖くて聞けなかった。
けれど、今なら……。
しばしの沈黙のあと、ヘンリーはゆっくりと深呼吸し、決意を固めたような目を向けた。
「それを言う前に……流華の本当の気持ちを聞かせてよ。
僕より好きな人が、できた?」
――え?
思わず息をのむ。
なんで?
なんであなたが、それを聞くの?
もしかして……私の気持ちに気づいていた?
いつから?
驚きのあまり、言葉を失ったまま彼を見つめる。
そんな私を見て、ヘンリーは寂しげに微笑んだ。
「ははっ、アタリかな? 僕、こう見えて結構鋭いんだから」
小さく笑ったあと、すぐに切なげな表情へと変わっていく。
「なんとなく、そうじゃないかって思ってた。
君の隣にはいつも龍がいて……龍の前での君はとても魅力的だった。
僕といる時とは違う君。
すごく自然で、のびのびしていて……笑顔が輝いてた。
もちろん、龍の気持ちは最初からわかってたし。時間の問題かなって思ってたんだ。
それでも、もしかしたらって。
少しの間だけでも、君が僕を選んでくれる可能性に賭けた。
――でも、やっぱり
それでも君と過ごせた時間は、幸せだったよ」
遠くを見つめるヘンリー。
その横顔が、あまりにも綺麗で。
私の心臓がトクンと鳴った。
これは、姫の気持ち? それとも……。
「じゃあ、気持ちに気づかせるために、わざと冷たくしたの?」
彼は優しい。そのような行動をとっても不思議ではなかった。
私の問いに、ヘンリーはくすっと笑う。
「まあ、それもあるけど……。
僕は、この世界の人じゃないから、かな。
いずれ僕は消えてしまう。一生、流華のそばにはいられない。だったら、君の隣にいるのは、ずっとそばにいられる龍の方がいいって思ったんだ。
僕が冷たくすれば、君はきっと龍に向かう。そう思ったからあんな態度を取ったんだ。
ごめんね……でも」
急に、ヘンリーの瞳が熱を帯びた。
「もしも、僕がずっと一緒にいられるなら……こんなことはしないっ。
絶対に君を、他の男になんか渡さない!!
……君が龍を好きでも、僕は奪い取ってみせる」
その強い眼差しに、心臓が跳ね、苦しくなる。
彼の想いが、ぶつかってくるようだ。
ドクンドクンと鼓動が速まる。
「……君を、愛してる。本当に大好き、ずっと一緒にいたい。
その気持ちに嘘はない。
でも、僕はずっと一緒にはいられないんだ。僕が去ったあと、流華に悲しんでほしくない。
だから……だからっ」
ヘンリーは必死に笑顔を作ろうとする。
その顔は、とても苦しそうで……。
胸の奥からぐっと何かが込み上げてきて、喉の奥が詰まった。
「私だって、ヘンリーが好き!
でも、この気持ちには前世の姫の感情も混じっていて、私だけのものじゃなかった。
私が鈍いせいで、ずっと気づけなかったの……ごめんね。
如月流華が好きなのは、龍。
でも……決して、あなたを想っていなかったわけじゃない」
涙が止まらない。
感情と共に視界が
滲む視界の向こうで、ヘンリーは空を見上げ涙を拭っていた。
そのとき、誰かが廊下を駆けてくる音が聞こえた。