「うおっほん!」
「!!!」
短い口づけは一瞬で終わり、私と龍は咳払いに反応しゆっくりと振り返った。
病室の入口付近。
腕組みしながら立ち尽くす祖父が、こちらをじっと見つめている。
「お、おじいちゃん……」
二人の関係がバレるのも時間の問題だし、別にいいんだけど……いきなりキスシーンを目撃されるのは、さすがに気まずい。
どうしたものかと思い隣を見ると、顔面蒼白の龍が祖父を凝視している。
体は硬直し、目は大きく開き、幽霊でも見たような表情だ。
そんな彼が突然大声を出す。
「も、申し訳ございません! お嬢に手を出してしまいました!!」
ベッドの上で激しく土下座する龍。
凄い勢いで頭を下げたおかげで、龍の頭は布団に
「ぶっ……、ぶはははははっ!」
祖父はいきなり吹き出すと、タガが外れたように大笑いする。
「ひひひっ、龍、手を出したって、おまえ、なんちゅう表現じゃ。
よいよい、おまえの気持ちはずっと前から知っておったわ。流華の気持ちは知らんかったがな」
祖父は私にウインクすると、こちらへ歩みを進める。
「まあ、龍の人柄はわしが一番わかっとる。龍になら流華をやってもいいと思っていた。
あとは流華の気持ち次第、とな。
流華も同じ気持ちなら、わしが言うことは何もないて。幸せになりなさい」
側にやってきた祖父は、私の頭と龍の頭を力強く撫でくり回した。
「おじいちゃん……」
「大吾様……」
祖父の大人な対応に感動していると、急に雲行きが変わった。
ニコニコしていた祖父の表情が一気に真顔へと戻る。
「だがな、あんまり下心を出すとわしも黙っとらんぞ。いいな、龍」
鋭い眼差しで睨みつける祖父に、私たちの間に一瞬緊張が走った。
さすがというか、やはりこの人の睨みには強烈なインパクトがある。
睨まれた龍は急いで姿勢を正し、ベッドの上で正座する。
「は、はい! 肝に銘じます!」
龍の顔は相変わらず青いままだ。
なによ、そんな脅さなくたって龍はいつも誠実よ。
と、私は心の中で祖父に言い返した。
一息ついたところで、また祖父の表情が変わる。
「ところで、龍を狙った奴のことじゃが……」
真面目な顔をした祖父が、あの事件について語りだした。
祖父の説明によると、
龍を狙ったのは、如月組のことを敵視している組の連中。
以前から龍のことを
龍の存在は、他の組の者にとっては脅威でしかない。
喧嘩の強さはいわずもがなだし。
彼が喧嘩で負けたことは聞いたことがなかった、おそらくこの辺のヤクザ連中の中でも最強クラスであろうと思われる。
さらに、彼はとても頭が切れるのだ。
即座に的確な判断を下すことができ、そこに迷いはなく、彼の予想や指示はいつも外れたことがなかった。
皆に慕われ、人を引き付ける人間力。さらには人を従わせまとめる統率力もある。
取り入れることができないなら、始末したいと思う連中は多いだろう。
そんな中、龍を慕っていたあの男を利用し私を餌におびき寄せ、彼を始末する計画を考えた者がいた。
そいつが龍を撃った犯人であり、この計画の
というのが事の真相らしかった。
「まあ、あとはわしが始末をつける。龍はなんも心配せんでいい」
祖父は龍に向かって力強く微笑んだ。
この事件の落とし前は、祖父がつけるということだ。
可愛がっている自分の息子同然の龍が傷つけられ、黙っているような祖父ではない。
しかし、その報復を想像すると、相手が可哀そうになってしまう。
いったいどんな目にあわせるのだろう……。
こう見えて、祖父は極道の世界では相当恐れられている存在なのだ。
以前、組の者が
その後、それはそれは恐ろしい仕返しが待っていたとか、なんとか……。
まあ、私は詳細は知らないけれど、こちらの世界では有名な逸話となっている。
龍は祖父に向かって、静かに頭を下げる。
「……ありがとうございます。大吾様にはいろいろご迷惑をおかけしてしまい」
「ストップ!」
なぜか龍の言葉をいきなり止めた祖父が不機嫌そうに顔を歪める。
「わしのこと、いつまで様づけしとるんじゃ、龍。
前から
いったい何を言うのかと思えば、そのことか……。
「はあ、なかなか慣れなくて」
龍は申し訳なさそうに、俯いた。
龍は祖父のことを昔から様付けして呼ぶのだ。
他の組員たちは親父って呼んでるんだから、そう呼べばいいのに。
祖父のことをすごく尊敬し慕っている龍は、恐れ多くて呼べなかったらしい。
組に入った時からずっと龍はそれを貫いている。
そのことが、どうやら祖父は気に食わないみたいだ。
ま、おじいちゃんの性格からしたらそうだろうな、と思う。
「ほっほ、おまえらしいの。
まあこれから流華と付き合うなら、余計にわしはおまえの親父じゃの」
嬉しそうに高笑いする祖父に、たじたじの龍。
なんだかんだ言っても、おじいちゃんは龍が大好きだし。龍もおじいちゃんが大好きなのだ。
そのことを改めて思い知った私は嬉しくて、二人を見つめながら笑った。