村の中心にあるという『一番良い建物』に案内されている間。俺たちはこの村の現状を見せつけられることとなった。
まず、建物の数に比べて人が少ない。
住居の数は多いのに、住んでいる人間がいないのかその多くが荒れ果ててしまっている。
さらには食べるものが少ないのか村人は全員が痩せ細っていた。
建物の数だけ見れば立派だが、実状は寒村のようだ。
魔の森での訓練に向かうとき、遠巻きに眺めることはあったが……こうして中に入るのは初めてだからなぁ。
「おっ」
数だけは多い建造物の中に、上部だけが大きく破壊された建物が。経年劣化で壊れたわけでも、自然災害で倒壊したわけでもなさそう。人工的というか、何らかの意思によって破壊されたような……。
俺の視線に気づいたのか、案内をしてくれていた村長さんが詳細を教えてくれた。
「あぁ、あれですか? 何年か前に『ブラッディベア』がやって来ましてな」
「げっ、マジっすか……」
ブラッディベア。強大な魔物として有名で、その討伐ランクはA。つまりはAランク冒険者パーティでの討伐を推奨される相手。ソロで倒そうとするなら一ランク上のSランク冒険者じゃなきゃ無理とされる。
俺としても、なるべきなら戦いたくはない相手だ。なにせ体毛は針金のように固く、脂肪が分厚くて剣で斬りにくい。しかも人間を遥かに超える俊敏さを有しているからな。
石造りの建物を半壊させてしまうのだから、改めてその力の恐ろしさを感じてしまう。
しっかし、人間の居住区にまでブラッディベアが出るとは……。魔の森に近いからしょうがないのか? いやそもそも馬車で一日かからないところに村を作るなって話なんだが。
「――たしか、この村は『魔の森』に対する前線基地として整備されたはずですわ」
そう解説してくれたのはエリザベス嬢だった。当然というか何というか、その隣にはラックが寄り添っている。爆発しろ。
エリザベス嬢は公爵令嬢(しかも王太子の婚約者に選ばれるほどの家格)なのでそう簡単に口をきける存在ではないのだが……まぁ、あっちから声を掛けてきたんだから気にすることもないだろう。
「へぇ、そうなんですか?」
「えぇ。二十年ほど前までは魔の森を切り開いて新たな国土とする政策が施行されていましたから。この村には数多くの冒険者たちが集まり、冒険者ギルドの支部まで建てられていたらしいですが……魔の森にドラゴンが出たことによって計画は無期限延期となりました」
「あー……」
そりゃドラゴンが出てきちゃダメだよな。ドラゴンブレスで王城周辺を薙ぎ払われるだけで国が滅びかねん。
しかし、
「こんな寒村について、ずいぶんとお詳しいのですね?」
「未来の王妃たるもの、魔物の森に対する取り扱いは知っておかなければなりませんでしたから。この村についても当然勉強済みです。……結局は無駄な努力となってしまいましたが」
王太子からの婚約破棄によって、今までの苦労が水の泡に。
普通に聞いていると悲劇なのだが、隣に寄り添うラックと見つめ合い、うっとりとした表情を浮かべているエリザベス嬢の様子を見ると――なんだか幸せそうですね? 良かったですね? ラックは爆発しろ。
しかし、なるほど。昔は魔の森に住む魔物を討伐するための冒険者が集まり、それを目当てとした商店や宿屋などがあったから建物の数が多いのか。で、ドラゴンが出た結果として冒険者が引き上げ、寂れてしまったと。
なんだか前世の鉱山の町みたいな感じだなぁとか考えてしまう俺だった。
可哀想だとは思う。
できることなら何とかしてやりたい。
が、人間には出来ることと出来ないことがある。俺に出来るのはせいぜい剣を振るって魔物を狩ることくらい。例えばこの村が魔物に襲われて困っているとかなら力になってやれるが、経済的な困窮はどうしようもない。
「お兄ちゃんは、考えすぎ」
まるで俺の考えを読んだかのように呆れるミラだった。
なんか、こう、この子ってときどき見た目に似つかわしくない大人びた発言をすることがあるな? まさか前世の記憶持ちじゃないよな?
「違う」
違うらしい。
…………。
……いやいや、今、かんっぜんに俺の心を読んでたよな?
「気のせい」
そうかー気のせいかー。……そんなわけあるか!
「ん」
俺の全身全霊のツッコミなど気にも留めずにすたすたと歩いて行ってしまうミラだった。お、おもしれー女だぜ……。