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信念と希望の御旗(8)

 抜き去った聖剣は光を集めたように光り輝いた。

 天が裂け、光が降りる。雷が鳴り響き、辺りは天変地異のような騒々しさと荒々しさに満ちる。


「なに!」

「女王!」


 切りつけたその切っ先から、光の刃が伸びて女王を虚空へと押し返す。

 ロッシュの瞳には、強い意思があった。


「……そう、貴方も抗うのね」


 悲しげに、女王は呟く。

 そして、光が乱舞する天を見上げて、憎らしげに舌打ちをした。


「どん底に落としたまま、私の手に委ねるでもない。人に希望を見せるだけ見せて、甘やかすのでもない。何を考えているのかしらね、ベルーン」


 騒々しい場所を逃れるように、女王は夜に溶けて消えていく。

 空はいっそう騒々しく、光は辺りを巻き込んで真昼よりも明るくなる。

 そしてその光の道を、一人の男が降りてきた。


『ほぉ、目覚めたか』


 男はふてぶてしい態度でロッシュを見下ろす。

 それに負けぬよう、ロッシュも男を睨み上げた。

 ロッシュには分かっていた。この男の正体が。


「全ての人が絶望に沈んだ。多くの勇士が倒れた。これだけの命と嘆きにすら耳を貸さぬ貴方が今頃何用だ、主神ベルーン」

『私を創造主と知っての暴言とは、人の王も偉くなったものよ』


 主神ベルーンはロッシュを見下ろし、笑みを浮かべる。

 神を恐れぬ彼の姿が気に入ったのか、腕を組んで白い髪を指で遊ぶ。

 そして、身を屈めてロッシュの顔をマジマジと覗きこんだ。


『他に、言いたい事はあるか』

「……もう、全てが遅い。散った命は戻らない。受けた傷は消えない。この世から楽園は消えた。貴方が傍観しているうちに人の心は絶望した。今更現れ、貴方は人に何をさせようというのか」

『確かに、少々遅参が過ぎたようだ。これではこの世も人も氷付けになるな』

「なに!」


 自分は関係ないと言わんベルーンの言葉に、ロッシュは激昂して掴みかかる。

 憎しみの宿る鳶色の瞳は、可能ならば目の前の男を殺す勢いがある。

 それを見つめ、ベルーンは口の端を吊り上げた。


『まぁ、お前達は唯一の希望だ。労おうではないか』

「なに?」


 鋭いまま、ロッシュは問う。

 ベルーンは掴みかかるその手を軽く払い落として、腕を組み高慢なままに契約を口にした。


『お前が見事レンカントを滅ぼしたならば、その功績を認めお前の願いを一つ叶えてやろう。何でもいいぞ。この世を楽園に戻す事も、お前の育ての兄を生き返らせる事も』


 その言葉に、ロッシュは衝撃を受ける。

 そして、手にした剣をマジマジと見つめ、その後でグラディスを見た。

 痛みや苦しみに身動きも取れず、気を失っている彼を。


『よく考える事だな』


 その言葉を残し、ベルーンは再び光の中に消えていく。

 騒々しさが嘘のように静まって、辺りはまた月のない夜に戻っていった。

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