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トゥルーバッドハッピーエンド
トゥルーバッドハッピーエンド
明里灯
SF空想科学
2024年12月29日
公開日
4.3万字
連載中
2025年4月26日15時より第2部連載再開! 毎週水・土・日の0時に更新! 渋谷ロクは「幸せ=お金」の信条をもとに犯罪を繰り返す少女。 クソったれな人生をアガるために、元伝説の詐欺師ホームレス「オッサン」とともに10憶円分のワクチン強奪に乗り出す。 ハイテクが詰まった強固な金庫開け、ハッキング、詐欺、ネットの深層ダークウェブ。 最新犯罪の深層を疑似体験しつつ、一人の少女が「幸せ」にたどり着く様を覗き見る物語。

第1部 序

 幸福とは何か。

 金にキマってるだろ!


 金じゃ買えないものがあるとか、愛だとかそういう御託はいい。

 金に困らない坊ちゃんお嬢ちゃんが、テレビ観ながらチップスの油にまみれた指で鼻穴ホジって言ってることだろ?


「渋谷ロク、お勤めご苦労さん」


 大東山少年院正門前――私を見送ってくれたのは、小太りの担当指導員だ。


「そういう冗談止めろ。ヤーさんの出所じゃないんだから」


 殺すぞ。

 私は重いフルフェイスのメットを振り、隣に立つ中年を睨んだ。


 メット越しなので眼光の威力半減だろうけど――。

 いや、だからこそ、殺す気で睨む。


「しかし、お前さん。派手な格好だね。最近の子は脚出さないと死んじゃうの?」


 返ってきたのはセクハラな視線だった。

 動きやすいスニーカー、膝上の短パンに薄手のパーカー。


 動きやすくて選んだ服は、しかし、確かに露出度が高いかもしれない。

 ま、別にどうでもいいんだけど。


「こっち見んな」

「おー怖い怖い」


 指導員の男は大げさに肩をすくめた。

 息が荒い男なので、ヘルメットのフロントガラスがすぐに曇る。


「うちの娘がデキソコナイじゃなくてホント良かったよ」


 チッ、言いたい放題言いやがって。

 私は吐き捨てられたセリフを背に、クソったれの少年院を後にした。


 あぁ、それにしても、しばらくぶりのシャバだ。

 賑やかな景色を横目にスキップぎみに歩いていると、いつの間にか渋谷の駅まで来ていた。


 まるで人がゴミのようだ、とはよく言ったもので。

 その一員である私もゴミなのだろう。


 ウイルスのせいで人は少なくなったものの、この街は未だに賑やかだ。

 一つ大きく違うのは、行きかう人々がフルフェイスのメットをかぶっている点だろう。


 駅前の交差点の信号待ちの間――。

 私は巨大モニタのニュース速報で退屈をしのぐことにした。


『国際ウイルス分類委員会ICTVがnMORT-25通称モウトウイルスと命名してから一年。我々人類は外出時のフルフェイスヘルメット、室内の空気浄化機なしでは生きられなくなりました。ですが、まだ人類の敗北ではありません。ワクチンの研究は日々続いており……』


 人類の敗北――。

 大げさなセリフに鼻が鳴ってしまう。


『次のニュースです。マリリン・ボス・サバントの記録したIQ二百二十八を超える天才少年が現れました。近年はこうした事例が増えており……』


 興味のない話題になったところで信号が変わった。

 交差点を渡った先、高架下で声をかけられる。


「嬢ちゃん、久々やなぁ」


 声をかけてきたのは、顔見知りのホームレスだ。

 ホームレス仲間から「長老」と呼ばれているその男は、抜けた歯の隙間からキャンディーの棒を覗かせていた。大きいヤマでは世話になっている「情報屋」だ。


「営業? お金ないよ」

「なーに、出所祝いのサービスだ」


 長老は丸まった背をトントン叩いて咳き込んだ。

 おいおい、大丈夫かよ。

 こいつらはウイルスが蔓延してるっつぅのにヘルメットを被っていない。

 何てったてそんなものを買う金がない。

 ホームレスは屋外でもツラが拝める数少ない人類なのだ。


「日本にワクチンが入るみたいだよ。一本あたり一憶円、十本のワクチンが裏取引のため、大東山大学病院に一時保管されるらしい」

「へぇ」


 私は長老のしゃがれた声を背に、すれ違うサラリーマンの財布をギッた。

 黒い長財布は薄くて気が萎えるが、長老のニュースはココロオドル内容だ。

 鏡を見なくたって口角が上がってるのが分かる。


「十億円! ゲットだぜぇ!」

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