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夢約束
夢約束
浅田明守
現実世界現代ドラマ
2024年12月29日
公開日
1,064字
連載中
「夢」と「約束」を共通テーマとして作られた全10遍の短編小説。それぞれ共有テーマ+タイトルの単語を作品の根幹として作成してあります。

第1話 嫁

 今日の朝、久々に嫁と大喧嘩をした。

 きっかけは何だったのかは覚えていない。何かとても些細なことだった気がする。何に対して自分が怒っていたのかも覚えていない。酷くどうでもいいようなことだった気もする。喧嘩していた時に相手がどんな顔をし、何を言っていたのか靄が掛かったように思い出せない。恐らくは嫁も自分と同じような状況だろう。いや、嫁の方が執念深いから私ほど冷静ではないかもしれない。

 正直、そんなどうでもいいような喧嘩ならさっさと謝って、仲直りして、その上で「そもそも何で喧嘩したんだっけ?」なんて言いながらお互い笑って終わればいいじゃないかと、誰しもがそう思うだろう。

 うん、当事者である私だってそう思う。

 ただ、年を取れば取るほど妙なプライドが凝り固まってなかなか『自分から謝る』という行動が取れなくなっているのだ。

 今にして思えば、昔から喧嘩をした時に先に謝るのはいつだって私からだった。嫁がまだ恋人だった時代から数えても喧嘩をした時に嫁から謝ってきたことは一度だってなかった。何だったら結局一度たりとも嫁が謝らなかったことだって幾度となくある。そりゃ私が事実悪かった時だってあるだろうけど、だからと言ってこれまでしてきた喧嘩の全部が全部私が一方的に悪かったなんてことは絶対にないはずだ。なのに謝るのはいつだって私から。そう考えると余計に腹が立ってきて私から『謝る気』を根こそぎ奪っていくのだ。

 そんなこんなで『喧嘩をした』という事実だけが残り、互いに妙に凝り固まったプライドが故に仲直りも出来ない不毛で憂鬱な時間が始まるのだ。時間が解決することもあれば私が耐えきれずに折れることもある。今回は果たしてどうなるか。そんなことを考え憂鬱な気分のまま嫁と別室で眠りに着く。

 その日の晩、夢を見た。とてもとても懐かしい夢だ。嫁がまだ恋人だった頃の、そして恋人から嫁に変わる約束をした日の夢だ。

「これから長い月日の中で、きっと俺たちは何度も喧嘩するだろう」

 どこか遠くから声が聞こえる。今より幾分若いが、あれは俺の声だ。たしか......嫁との結婚式の前日、緊張気味の妻に言った言葉だ。

「でも、その度に必ず俺が謝ろう。『君を幸せにする』と言った手前、喧嘩の原因は何にしても俺が悪いに決まっているのだから」

 あぁ、今にして思えばなんともまあ臭いセリフなんだ。臭すぎて鼻が曲がって……細かいことなんて、それこそ私のちっぽけなプライドなんてどうでもよくなってきた。

 目が覚める。不思議と気分がスッキリとしていた。とりあえず今日は妻に謝るところから始めよう。

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