◇◆ Frédéric ◆◇
非魔術師の大学へ入って、友人はみんな優しくて、毎日が楽しかった。
新しい発見の連続だった。俺たちが小さなころから『非魔術師には気をつけろ』と教わるこの教訓は、本来ならきっと魔術師も非魔術師も分け隔てないのだと思うほどに。
魔術師にだって、非魔術師にだって、いい人もいれば悪い人もいる。そんなの、きっとお互い様なんだ。だからこそお互い尊重し合わなければいけない。魔術師だから、非魔術師だから、と区別することに意味なんてなければいい。
だけど、この世界を支配するのはゼノ様だ。それ故に、ルールは絶対。
……。
冥界魔術師は、現界の生者とは接触できない。
なぜなら俺たちは《死者》だから。だから彼らから俺たちのことは、見えない。
だから俺は生前に《未来予知》で見たこの現実を、ガエルへの手紙にしたためていた。これに今回一連の全てが書いてある。
……今日か明日には手紙がガエルの元に届くだろう
俺はエリックと二人で拘束した教授の魂を、手のひらサイズの十字架の装飾のある真っ黒な棺桶に入れた。
……これでいい。
" Ave Maria "
どうか、人々を正しくお導きください
貴方を信じる人、心清らかな人、皆死後行く当てもなく現界を彷徨っている
そこにあるのは永遠の孤独
貴方が《天界》への架け橋です
どうか、どうか人々に救いを
……悔い改めない者には、制裁を。
俺たちは、冥界から人々の " 罪 "を見てるから
……
……。
……その場を去ろうとしたその瞬間、N大学付属病院の中庭からこちらを見ていた一人の男性と目が合ってしまう。
こげ茶色の髪をきれいに整えたヘーゼル色の瞳に、やや背の高そうな……白衣を着ているから医療者だろうか。
なぜ、目が合ってしまったのか。彼の驚いたような双眸は俺たちを捉えて離さない。
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◇◆ Rémi ◆◇
なんてことだ……
医局から見えた別棟は8階から上が真っ黒に焼けて崩れていた。まさかと、思った。
院内でも警戒アナウンスが流れて、大騒ぎとなっていた。私は急いで持ち場のN大学付属病院の救急部へ向かった。
……その途中の中庭で、ふと、爆発のあったと思われる別棟を見た時だった。例の8階から、魔術師が空を飛んでいくところだった。
そして私はその魔術師と目が合ってしまう
私が見ていたことに気が付いたのか、たまたまだったのかはわからない
だが、確かに目が合ったその魔術師は、見覚えのある顔だった。
……覚えている、あれは、フレデリックだ。紺色がかったさらさらの黒髪をセンターで分けた正義感の強そうなその顔は、実際には数回見た程度だが、ガエルからも度々名前を聞いている。
ガエルは学年こそ重なっていないが、同じN大学の天文学部の後輩だったために、OBとして行った飲み会の席でひたすらフレデリックの話を聞かされた。すごく、いい奴なんだと。
だが全身真っ黒なローブにあの大鎌のようなものは……今の彼はどちらかといえば魔術師というよりは死神のような様相だ。それに加え彼の黒目がちな漆黒の瞳は。
向こうも私が見ていることに気が付いているのだろうか……数秒ほど目が合ったように思えたが、彼はふいと西の方角へ向きを変えて、飛んで行ってしまった。
……そこには、同じく真っ黒なローブを纏った、小さな死神も一緒にいた。彼は……フレデリックの弟か?
……
フレデリック……非魔術師の大学に通っていた、魔術師の生徒。
だが、なぜこんなところに?
どうしてあそこから出てきた?
フレデリックは、確かに《天に召された》と報道されていたはずだ。今の爆発は彼の仕業なのか?
いやしかし……私以外に、彼らに気が付いている者はいないのだろうか。足を止めて中庭から別棟を見る者は皆建物や煙の話をしているだけで、あそこに人がいることを話す者はいない……気がする。
近くを通りかかった医師に、尋ねてみた。
「お急ぎのところすみません、あそこにいる魔術師は、救助の方ですか?」
しかし想像通りの答えが返ってきた。
「あそこ?何も見えないが……すまない、急いでいるから失礼する」
みんな、この騒動で自分の持ち場に戻るところだ。だけど、誰一人フレデリックに気が付かないということはやはり……
私は彼らから目を離せず、その場に立ちすくみ考えるが、何か答えが出るわけでもない。
……2~3分そうしていただろうか。持ち場へ向かわなくてはとN大学病院へ向かおうとしたところへ後ろから「レミ先生!」と声をかけられた。
ガエルだった。
図書館で論文をやっていたそうだが、爆発が気になって見に来たと言う。
「レミ先生もあの爆音が気になって来たんですか?」
「いや私はこれから救急部へ向かうところで……ガエル、あそこに人影が見えないか?」
「あそこ……あそこって、どこですか」
「あそこだよ、あの8階からまっすぐいった西の空を、魔術師が飛んでるじゃないか」
「え……俺には見えませんけど」
「ガエル、目、悪い?」
「そんなことないっすよ!俺、両目とも裸眼で2.0あるんですから!」
鼻を鳴らして喋るガエル。
やはり、本当に見えていない……?
「……私には、あの魔術師がフレデリックに見えるのだが」
" フレデリック " の名前を聞いた途端、ガエルの表情がぱっと変わった
「フレデリック!? あいつが!?? うそうそ、あいつ、生きてたのかよ」
「……本当に…見えないのか……?」
「見えないって……先生、俺のことおちょくってます?」
本当に……見えないらしい……
だが、この違和感は。
「先生?……先生ったら!……もう。先生、疲れてますね?フレデリックは先日 《天に召された》んですよ」
少し呆れて悲しそうな顔になったガエルを見て、申し訳なくなった。
「……すまない、少し、疲れているのかもしれない。期待させてしまって悪かった」
「いいですよ、大丈夫。それより先生救急部に向かうんじゃなかったでしたっけ。元天文部だからって、こんなところで星も出ていない空をのんびり見てていいんですか」
気が付いたら別棟へは救助隊が駆け付けているところだった。
「……行かなくては。本当に、すまなかった」
「大丈夫ですよ、先生!たまにはちゃんと休まないとだめですよー!」
明るく振る舞うガエルだが、きっと落胆させたに違いない。
だが、私が見た魔術師は、もうフレデリック本人としか思えなかった。