目次
ブックマーク
応援する
9
コメント
シェア
通報

ep.4-9 Raison 《理由》

◇◆ Eric ◇◆


……兄さんのこんなダークな顔、初めて見た。

普段物凄く温厚な兄さんが、こんな顔をするなんて……



冥界の魔術師は、僕も含めてみんな《悪魔》だ。現時点ではゼノ様やヘクター様の指示で、生前悪行を働いた非魔術師を冥界へ連れていくことになっていると聞いた。

その方法は……現界での死後、《冥界魔術師》がその者の魂を断罪し、特殊な拘束具で拘束して、小さな棺桶に入れて冥界へ連れていく。



それはとりわけ、ゼノ様やヘクター様の逆鱗に触れた人や、よっぽど悪いことをした人だけが冥界行きの対象となっている。だからほとんどの非魔術師は死後現界を彷徨ったままだ。

……思えば随分と適当な気もするけど。



だけど……これは、神々から非魔術師への "報復"



神々はきっと魔術師なんだ……だから、魔術師の秘密を暴こうとしたり、魔術師に手を出そうとする人間には厳しい。



僕たち『warlock悪魔』が、黒魔術師として非魔術師に畏れられている理由がよく分かった。神が命を奪い、更にその死後僕たちがその魂を断罪し、拘束して連れ去る。……だけどその一連の流れが全て『warlock黒魔術師』によるものだと思われているのかもしれない。


warlockは、おとぎ話じゃなかったんだ


兄さんは、兄さん自身の報復でもあると言っているけれど、あの時……兄さんが天に召されたとき、非魔術師を攻撃はしたけど、怪我はさせなかった。ただ凍らせて、それも短時間で解除してしまったから相手は結果、ただ寒かっただけ。それも7月だったから、走って帰ったらすぐあったまったんじゃないかな。

……こんなに優しい人が、冥界になんて、本当は来ちゃいけなかったんだ。

非魔術師のことが大嫌いな僕には、冥界の方が合っているのかもしれないけれど



どうにかして現界へ帰してあげられる方法はないのかな……



……。



僕の使える特殊魔法は『過去への回帰』。過去を見たって、答えは見つからない。

だけど僕の特殊魔法の意味は……だった。

前にノアとロンも一緒に花の色を見に行くのに一緒に過去へ連れて行ったことがあったけど、なぜ他人を連れていけるのか。それは証人が必要だからだ。僕が、嘘をつかないように。



信じる者には救いを。悔い改めない者には、制裁を。



……


……。




僕は冥界に来るときに魔法を剥奪されていない。厳密に言うと、一度現界で肉体を離れて魂だけになった時に霧散した魔力は、《冥界》で僕を形作るときに僕に帰結した。

だから、今でも『過去への回帰』を使える。これは、兄さんには言っていない。……まだ。



僕が《天に召された》のは、天に召されたいと、そう、願ったから。だから誰も攻撃していないし、魔力の全開放もしていない。

前にジル室長と共同魔法研究所の立入禁止区域で話をしたときに聞かれた……もしも《冥界》へ行けるのなら、最後に見たい場所はどこかと。僕は、兄さんの召された場所と、答えた。この公園は、兄さんとも、ノアやロンとも、沢山遊んだ場所だったから。

そうしたら、指定した日時にその場所へ行けと……そうすれば冥界について続きを教えてやると、そう言われたんだ。



そうして僕は天に召されたあの日……兄さんが召された場所へ行った。そこにはジル室長だけがいた。公園にはほかに誰もいない。ジル室長が多分、誰も入ってこられないように結界かなんかを張っていた。

……ジル室長は、冥界と現界を行き来できる、唯一の人だったんだ。



なんだよ……この前は教えてくれなかったくせに。



ジル室長が、なぜ冥界と現界を行き来できるのか。

彼……いや、彼女は、もともと現界に生まれた魔術師だった。女の人だったってことにまずびっくりしたんだけど、ジル室長曰く、一般的なごく普通の女の子だったんだって。


だけどある日彼女が公園で花を摘んでいたら、突然大きな地震と共に地が裂けた。驚いて逃げようとしたら割れた地面から……なんと、全身真っ黒なローブを身に纏った死神のような者が現れた。

……これだけ聞くと、ホラーだ。トラウマになりそう。

だけどそのまま彼女はその何者かに連れ去られた。すべては一瞬の出来事で、抵抗する余地すらなかったという。

そして連れ去った人物こそが《冥界を司る神・ヘクター様》で、行きついた先は冥界だった……その時から彼女は冥界での生活を強いられている。



…………。



……なんか、どっかの話に似ていると思ったらこれは《ギリシャ神話》だ。ジル室長は《冥界を司る女神・ペルセポネ》と同じような経験をしている。



ギリシャ神話のペルセポネは、冥界の王・ハデスに連れ去られた後に冥界の女王となっている。だけど、ペルセポネはハデスに無理やり冥界に連れてこられたわけだから、ハデスからの求婚に対して首を縦に振らなかった。だって……拉致だし。

だから全知全能の神と言われるゼウスがハデスに「現界に帰してあげなさい」って言ってペルセポネは現界に戻ることになったんだけど、その時に彼女が空腹のあまりつい冥界の食べ物を口にしてしまったことから、彼女は少なくとも1年の1/3は冥界で過ごさなくてはならなくなった。

なんで?って思うよね。だけどそれは、そういう決まりだから。そうして仕方なく彼女は冥界の女王に……って。

……ギリシャ神話でのペルセポネの話は、そんな感じ。



彼女の特殊魔法は何なのか知らないけど、魔術師の秘密はもしかしたらみんなギリシャ神話に隠されているのかもしれない。だからジル室長はよく共同魔法研究所を留守にしていることもあったんだ……って、勝手に納得した。その間、彼女は冥界で過ごしていたんだ。



だから多分、共同魔法研究所は《冥界》と繋がってる。



ジル室長はきっと現界に戻りたくてずっと研究をしてきたんだと思った。彼女がペルセポネと同じように現界での自由な生活を認められているのか、そこは怪しかったから。

彼女にとっての《現界》とは、あの《共同魔法研究所》だけなんじゃないかと……だからこんなに必死なんだって。

最後に僕がどこを見たいか聞いたのは、ほんとは彼女が外を見たかっただけなんじゃないかなって……そう思うんだ。



……。



そしてあの日あの場所で、ジル室長は僕に問いかけた。



「エリック……貴様、冥界へ行きたがっていたな。取引しようじゃないか。貴様が現界にいられる権利を私に譲渡すれば、お前を冥界へ連れて行ってやる」




現界にいられる権利。そう言われてもあまりピンとこなかったけど、僕の決意は揺らがなかった。

夕日が綺麗な空を見た僕は、『冥界へ連れていってください』と、そう答えたんだ。

この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?