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第071話 免疫

「えーと、どうして?」

 春野が至極当然な疑問を加賀見にぶつける。俺にもわからん。

 いや、春野に俺達のやることがバレないように春野を引き離すのが目的なのはわかってるけど。一体どういう理屈を付けてごまかす気なのか。

「私達、これからちょっとしたネタ探しをしようと思ってて」

「え?」

「テレビで時々スポーツの珍プレー好プレーを特集した番組ってやってるでしょ。今回の球技大会でもそんなプレーが起こるのかどうか調査してみようってなって、これから各々で動くところだった。丁度いいから凛華も黒山とともにそんな話のネタになるようなシーンを探してきてほしい」

 コイツ、マジか。マジでそんな言い訳で乗りきるつもりか。

 何かもう色々苦しいと思うぞ。見ろ、日高も安達も苦笑いだ。

 でも、そう言えば相手は春野だ。今までも人の言うことを真に受けることが多々あったこの人なら、

「へー……そんなの起きない気もするけど、とりあえずわかったよ」

 ほら、あっさり信じちゃいました。

 俺を同伴させたのは春野に余計なことをさせないためと、王子が春野に接近しても早急に対処できるようにするための監視だよな。

 つまり今回の作戦で監視対象が王子と春野の二人になったということか。忙しいなオイ。


 そんなこんなで俺達は日高・安達・加賀見と春野・俺の二手に分かれて行動することになった。夏休みに遊びに行ったときもこんなチーム分けあったっけなあ。

 日高のいるチームは試合の珍プレーを探すという名目の王子の監視。

 春野のいるチームは試合の珍プレーを探すという名目の春野の監視。監視対象が同じチームにいるややこしい状況です。

「じゃ、私達も行こう」

「うん、じゃ弁当食べるときに皆で中間報告しよ」

「またね、凛華、黒山」

 日高チームが一旦俺達の元を離れて、王子がサッカーをやってるグラウンドの方向に歩いていった。何はともあれ、加賀見と離れることができてラッキーだ。



 さて、春野と俺でどっかの試合を観に行くことになったものの、どの試合を観ようか。

「どの試合観ていこっか?」

「駅伝」

「球技大会にその種目ないよ。そもそも球技じゃないでしょ」

「囲碁」

「もうスポーツですらないよ。もっと真面目に」

「失敬な。駅伝も囲碁も真面目な競技だろ」

「そういうことじゃなくって……あーもう……」

 春野が頭を抱える。どう説明すればわかってもらえるんだコイツ、みたいなこと考えてそうだな。

 ちょっと気分を変えていつも安達に対するようなやり取りを春野にやってみたが、珍しいモンが見られた。春野程の明るく優しい人物のこういう姿って貴重だ。


「悪い悪い。観る試合なら、男子テニスはどうだ? ここから一番近いし、丁度五組の試合もやってる時間だろ」

 そう、俺の中では目処がとっくに立ってました。

「あ、あー、そうだね。そこにしよ!」

 頭から手を離して勢いよく賛成する春野。さっきの悩みっぷりが嘘のよう。

「行こ、黒山君」

「わかった」

 というわけで、俺は春野とともに最も近くで行われているテニスの試合会場へ足を運んだ。



 テニスの方は五組と七組が試合をしていた。ベンチはあるのだが、既に生徒達によって埋められており、立っての観戦となる。

 春野と俺は五組側の方からフェンス越しに男子テニスの試合を観ていた。

「今の試合どっちが勝ってるんだろ」

「審判の掛け声からして五組がリードしてるみたいだな」

「おー、頑張れー」

 春野が自分のクラスの優勢を聞き、上機嫌に応援の声を掛ける。すると、五組側のテニスの選手が春野の方を振り向いてギョっとした表情を見せた。

 何でここに同じクラスの春野さん美少女が、って気分なんだろうな、向こうさんは。

 ちなみに隣にいる俺の方には気付いた様子もない。ここでもモブ並の存在感が発揮されてるようで俺には何よりだ。

 選手はその後、何でもないと言わんばかりに表情を戻し、試合に戻った。取り繕ってるのバレバレだぞ。こんな可愛い女の子が見守ってる中プレッシャーに負けないといいな。


 このまま無言でいるのもつまらないので、とりあえず春野に話を振ろう。

「アイツとは話したことあるのか」

「いや、そんな話さないかな」

「ああ、そういやクラスの男子とは基本喋らないんだったか」

 同じクラスの友達とは俺も直に接点がないが、どうも全員女子みたいだしなあ。林間学校でカレー食ってる写真を送ってもらったときでも、その写真に友達と見られる男子は一人も写ってなかったよな、確か。

「えーと、あはは……」

 ごまかしてるのがバレバレの反応を見せながらも、テニスの試合から目を反らしていない。加賀見に頼まれたことを忠実に叶えようとしているのか。

「元々男の子と話すのにあんま慣れてなくって」

 俺も男の子なんですよ、春野さん。

「やっぱそういうのも経験していった方がいいのかな……」

「ん? 急にどうした」

 春野の声のトーンがわかりやすく落ちた。

「いや、男の人に全然免疫ないのって、後々困りそうだなーってちょっと考えただけだよ」

 春野がフェンスを手に掴む。異性との交流に慣れてないと社会に出たときでもトラブルを引き起こしかねないって意味なら、何となくそんな気もする。でもお前の場合、特殊な事情もあるしな。

「そんな焦って経験積もうとしなくていい気もするけどな」

 俺だって加賀見があんなことをしなきゃ同級生と、ましてや異性の同級生とは全く交流しようと思わなかった。それで別に大して困るとも思っちゃいない。

「……うん、そうだよね」

 春野がテニスの方に目をずっと向けたまま頷く。

「ありがと、少し気が楽になったよ」

「よかったな」

 お礼を言う春野を見て、ああ、前から朧気ながら心配していたことに対してそう言ってほしかったんだなということを察した。

 同時に五組の選手がテニスボールを勢いよく打ち返す音が俺達のいる方へと響いた。


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