春野と日高がバレーの試合を済ませた後、俺達のいる二階席の方に戻ってきた。
二人とも負けたショックは隠しきれず、伏し目がちの顔に口を噤んでいた。
「二人とも、お疲れ様」
「カッコよかった」
安達も加賀見も、何とか二人を労わり、励まそうとした。
春野がやがて口を開く。
「あ、あはは、ミユちゃん、マユちゃん、ありがとね」
「……いやー、もうちょっとカッコいい所見せたかったんだけどねー」
春野に続いて日高も笑顔を作り、返事をした。
俺はモブらしく余計な事など一切言わず、その様子を見守っているぐらいしかできなかった。
これにて球技大会が終了、というわけでは当然なくまだまだ続く。
ということは王子の監視についても怠るわけにいかない。
「んじゃ、また色んな試合見ていこう」
加賀見の言葉に春野・日高も気持ちを切り替え「そうだね」と受け入れた。
「グループは、さっきと同じでいいな」
「……ん」
俺がそう念を押すと、加賀見が承諾した。
「じゃ、何かあったら連絡してねー」
日高が安達と加賀見を連れてこの場を離れる。引き続きこの三人で王子の方を見張るつもりなのだろう。「何か」っていうのは加賀見の言ってた珍プレーのことじゃなくて、春野の身に変なことが起きたらって意味だよな、絶対。
「俺達はどうする? このままバレーかバスケ観るか?」
その方が移動もなくて楽なんだが。
「それじゃ、バスケの方観よ」
春野はそう提案した。バレーの方はさっき負けたばかりというのもあってあまり観戦したくないんだろうと想像した。
「よし、じゃちょっと別の席に移るか」
「うん」
春野と俺はバレーのコート寄りだった座席を離れ、バスケのコートがよく見える空き座席に移動した。
生徒達は野外の分も含めて色んな試合を観に行ってるゆえか、体育館の二階は結構多くの席が空いていた。
バスケの試合は俺達と関係ないクラス同士でやり合っていた。それもあって春野も俺もどちらを応援するでもなく、気楽に観戦することができた。ただ俺の場合、片方が俺のいる二組だったとしても応援する気分はなかった。
「おー、何か白熱してるっぽいね」
「そうだな」
バスケについてはてんで素人だが、そんな俺の目にも両者が拮抗しているように見えた。
「例の噂にあやかって、誰かに告白しようとしてんじゃねーの」
別に妙な意味があったわけではない。何となく思いついたことが口をついて出ていた。
「噂? ああ、この大会で活躍した男子が好きな子に告白するとうまくいくって噂のこと?」
「そーそー」
春野もさすがに知ってたか。
「あはは、本当にうまくいくといいね」
そんな台詞を加賀見辺りがほざいたら十中八九皮肉と取るが、春野の場合は本気でそう考えてるのかもしれない。そう思った。
「その噂の発端になった球技大会の話については知ってるか?」
「ああ、知ってる。そんなのあったなんてスゴいよね」
俺はフィクションの類と思ってるが、春野にとっては事実として受け取っているらしい。
「んじゃその話に続きがあるって知ってたか?」
「え? いや、知らないけど」
「その両想いの相手と付き合うことになったって男だが、交際からしばらく経って別の女子に告白したっぽい」
「へ?」
「翌月にはさらにまた別の女子、その翌週には別の学校の女子、翌々日には同じ学校の女教師と、次々にアタックしたそうだ」
「え、えっと、どういうこと? 付き合ってた子と別れたの?」
「いや。何でもハーレムを築いてみたいという野望が新たに芽生えたみたいでな」
「そーなの⁉」
「最初の告白が大成功だったことに味を占めたか、手当たり次第女の子を口説くようになったっぽい」
「えー、何その人……」
「で、その結果その男は高校卒業する頃には20人近くの恋人がいたとか」
「え⁉」
「って作り話をたった今考えたんだが、楽しんでくれたか?」
「えー……」
春野のテンションが激しく上下している。うん、楽しんでもらえたようで結構結構。
「はー……また冗談か……にしてもさ」
テンション下がったままの春野が、座席に両手を当てて寛ぐ姿勢になった。
「黒山君もそういう噂に興味あるの?」
春野の口から思いもよらない言葉が出て、内心ぎょっとした。
「ん、別に」
「へー。例えば今彼女が欲しいとか思ってるわけじゃないんだ」
「ああ、一人でいるのが好きなもんでな」
このこと、春野には言わなかったか。記憶が曖昧だ。
「何でそんなことを訊く?」
「噂のことについて言い出したから、ひょっとしたら興味あるのかなーって気になっちゃって」
春野はずっと笑顔だった。笑顔だったがその心の内を一切窺えない、仮面のような不気味さを伴っていた。
あんまり今の春野の顔を見られる気がせず、バスケの試合の方に視線を移した。
「そういうお前はどうなんだ。今言った噂とか彼氏作ることに興味ないのか」
意趣返しに春野へ尋ねてみた。
「私は興味ないかなー。今友達と遊んでるだけでとっても楽しいから」
やはりな。日高も安達も加賀見も俺も、見立ては間違ってなかった。
「そうか。今日の噂に乗じてお前に告白する野郎が現れないといいな」
一応本人へ注意喚起も込めてそう言っておく。
「えー、いないんじゃないの?」
春野、お前本気でそう思ってるのか。
まさかこの高校に入ってから一度も告白されたことないのか。いやまさか。
「まあ、その場合でも対処できるように備えて損はないな」
「あはは、一応気を付けておくよ」
そんな心配しなくていいと思うけど、と補足して春野はバスケの観戦に意識を戻した。
春野、お前王子のこと忘れてないか。それとも意図して思い出さないように努めてるのか。
そりゃお前にとっては厄介でなるべく関わりたくない存在なんだろうが、それでも奴は能動的に動く、お前と同じ学校に所属する生徒だ。
今俺らが裏で動いているとはいえ、油断はできないと思うぞ。