球技大会はその後も進み、他の種目についても決勝戦が終わった。
閉会式が始まる前、チラッと五組の方を見た。
そこには春野が列に並んでいる姿と、そのすぐ後ろを守るように日高が立っている姿を確認できた。
あんなことがあったとはいえ、さすがに途中で帰るというわけにもいかなかったのだろう。
王子はあの後他の先生方にも絞られたらしい。管理テントの方に連れられるところを見た。
その王子も今は俺や安達のいる二組の列に並んで閉会式の開始を待っていた。
安達がどういう表情をしているかは、こちらからは窺えない。
閉会式が終わり、さあ後は帰るだけという時間になったとき、スマホに新しいメッセージが届いた。
「ね、五人で一緒に帰らない?」
そのメッセージの差出人は安達でも、加賀見でも、日高でもない。
春野からのメッセージだった。
少しの間返信に迷っていると、
「うん、帰ろう!」
「私もいいかな」
安達、続けて加賀見も承諾の返事を入れていた。
日高は、今春野の隣にいるのだろうから返事を確認するまでもない。
「わかった」
メッセージの内容を少し考えた末、結局無難な文言を送信した。
春野から待っている場所を教えてもらい、そこに向かっていると前を進んでいるミユマユのコンビを見かけた。
「おう」
「あ、黒山君」
「ん」
俺の挨拶に合わせて二人も振り向いた。
「アイツから帰りを誘うとは思わなかったな」
ふと、心に思ったことが出てしまう。
「ん、同じことを思ってた」
「……あんなことがあったのに、凛華ちゃんスゴいね」
安達も加賀見も、友達と一緒に帰る前から浮かない顔をしていた。
「ね、周りの人達の話を聞いてたんだけどさ」
安達が俺達にそう前置きして、
「何で凛華ちゃんが責められなきゃいけなかったんだろう」
そう俺達に問いかけた。
「……どういうこと?」
加賀見が安達の方を見る。いつもの半目より開いた目つきだった。
「凛華ちゃんのこと、よく断ったとかあのイケメンに
安達がぽつぽつと語るその経緯から、ついさっきまで立っていた当時の状況を思い出していた。
そうか、あのとき周りが話してたことなんて取るに足らないことだと思っていたが、案の定だったか。
「俺にも理解できんよ、そんなもん」
安達にはそう返しておく。
「私も、そんな奴らの考えなんてわかるわけない」
加賀見がそう吐き捨てる。友達に対してだけはいつも優しくなるな、コイツは。
「……ねえ、ミユ。その話、凛華にはしないよね?」
「するわけないじゃん」
「だよね。ゴメン、念のための確認だった」
「気にしないで、マユちゃん」
安達と加賀見が会話を続けている内に、やがて目的の二人に会った。
「あ、おーい」
「凛華、皐月」
安達と加賀見が先にその二人を呼ぶ。
「あ、みんな」
「ゴメンね急に」
春野と日高が俺達三人を迎えた。
「気にしないで。それより凛華、大丈夫?」
何が大丈夫なのか、なんて訊くだけ野暮だった。
「……うん、平気。さ、駅まで一緒に行こ」
春野は俺達から駅のある方角を向いて、率先して歩き出す。
加賀見も安達もそれ以上は訊かず、春野に従って歩く。
その春野の姿に、普段見るような明るさが見えなかった。
笑顔も今はなりを潜め、履歴書の写真によくある無機質な表情で春野は歩いていた。
「……閉会式終わってからこんな調子でさ」
日高が小さく言葉を漏らした。安達と加賀見が日高の方を向いたが、前を歩く春野は振り向かなかった。日高の声の大きさからして、単に気付かなかったようだ。
「……ん、そっか」
「私達で、何とか元気付けられれば……」
俺達四人は、しばらく春野に先頭を任せた。
春野はしばらく、自分から俺達に話しかけてくる。
「マユちゃんは今日何か珍しいプレーとか見つけたの?」
「……いや、別に」
「そっかー。私も結局見つけられなかったよ」
「それは残念」
とか。
「ねえ、次の中間テストっていつだったっけ?」
「え……。確か、1ヶ月後だったと思うけど」
「うわー、あんま時間ないね。皐月、勉強忘れちゃダメだよ?」
「……わかってるよ、そんぐらい」
「えー、信じていいのかなー」
「また皆に迷惑掛けないように気を付けますって」
とか。
色々な話題を出しているが、その中に王子に関するものは一つもなかった。
「……ねー、凛華」
「何、皐月?」
「ちょっとミユとマユと私でコンビニに用事あってさ、悪いけど黒山と二人で先に駅向かっててくれない?」
え。
「え、それなら私もコンビニ行くけど。黒山君もいいよね?」
春野がそう訊いてきた。直後に、日高が俺の耳元で囁く。
(お願い、凛華を励ましてあげて)
そう聞いた俺は、日高の意図を察してしまった。
またいつぞやのように、俺に春野を助けてほしいのだ。
そういう領分は本来幼馴染のお前が適任だと思うのだが。
そもそも俺はあの告白を止められず、告白の場から春野を助け出せなかったモブの一人だぞ。
そんな俺に今更何ができるんだよ。
色々な文句が去来したが、
「……行くか、春野」
結局こうすることで少しでも春野へ償いができるのならと、日高の願いを聞き入れた。
「……そう」
春野は、俺と日高の言い分を受け入れた。
「……それじゃ、また後で」
「アンタ、しっかりついてなよ」
安達と加賀見が日高の方へ寄り、春野と俺に挨拶を掛ける。それから三人でコンビニのある方角へ徐々に離れていった。
春野と俺は二人、左右に並んで駅までの歩道をゆっくりと進む。
街路樹が視界の向こうまでびっしりと立ち並び、民家による日陰が道を覆ってきている。
「ねえ、ちょっと話いい? 話というより、愚痴みたいなものになっちゃうと思うけど」
春野が静かな声で、そう許可を取ってきた。
春野が愚痴、か。春野とは不本意ながらも一緒に過ごすようになってそれなりに経つが、そんな湿っぽい話をするところは今まで見たことないな。
言い換えれば、今日あった出来事はそれだけ春野に思う所を抱えさせたんだな。
「……ああ、特に今日は色々言いたいことがあるんじゃないか」
つい知ったような口を利いてしまったが、春野は構わず「ありがと、じゃあ」と語り出した。