奄美先輩と顔を合わせたその日の夜、早速動きがあった。
スマホからメッセージの新着通知を受け取り確認すると、奄美先輩から
「榊君のことで、話がしたいんだけど」
というメッセージが届いていた。
そう、今朝の内に俺と奄美先輩はメッセージでの連絡先を交換していた。
本当は気が進まなかったが、今後の打合せにはこれをしないと不便なのは明らかだったので仕方ない。
話を早く済ませるため、メッセージを通して奄美先輩と直接通話する。
『こんばんは。対応早いのね』
「こんばんは。今スマホをいじってるところでしたので」
『それは丁度よかった』
そんな前置きをしつつ、本題に入っていく。
「それで、榊の件ですが実は自分にアイデアがありまして」
『へえ、どんなの?』
「電話口で話すより、資料を使って説明した方が早いので、明日どこかで集まりませんか?」
俺の打診の後、奄美先輩の方で数秒沈黙が続いた。
そして、
『明日の昼休みなら大丈夫』
そんなご返答を頂きました。
「ありがとうございます。場所は今日と同じでどうでしょう?」
『ん、それも大丈夫』
「了解しました。それでは明日、よろしくお願いします」
『ん、悪いわね。おやすみなさい』
奄美先輩の方から通話が切れたのを確認してから、俺は机に向かい資料の方を作り始めた。
翌日の昼休み、俺は奄美先輩と再び顔を合わせた。
場所は昨日と同じ第一校舎の隅っこだ。
「おはようございます」
「おはよ」
奄美先輩は既に壁に背中を預けて待機していた。
「早速だけどあなたの考えてきたっていうアイデア、聞かせてもらえない?」
「はい、それでは」
俺は鞄の中から一枚のルーズリーフを取り出し、奄美先輩の前に差し出した。
「ん? 何?」
「昨日考えてきたアイデアをまとめたものです。榊との出会いにあたって一芝居打ってもらった方が成功するかなと思いまして」
「うん」
「その芝居のシナリオをざっくりですがこちらの紙に書いてきました」
「へえ」
「とりあえずご確認よろしいでしょうか」
「わかった」
奄美先輩が俺の手にあったルーズリーフを受け取ると、じっくり目を通していく。
そのルーズリーフにまとめたシナリオは以下の通りである。
――――――
榊俊也は朝の通学路でバイクを走らせていた。
平日はいつも通っているコースであり手慣れたものである。
学校までもう少しというところで、妙な集団が目に付いた。
「い……いや……やめてください」
その集団は男三人に女一人というもので、男三人は女に詰め寄っているような構図だった。
女の人は嫌がっており、いかにも暴漢にカラまれているように見えた。
「おい!」
正義感の強い榊はバイクを止め、男達へ叫んだ。
「ん? 何だお前」
「やめるんだ。彼女が怖がってるじゃないか」
「へー、いい度胸だな」
「コイツの前にたっぷり可愛がってやるぜ」
男達が榊の方に標的を変える。
榊はそこで大活躍。襲いかかってくる男共をバッタバッタと
男共が全員倒れている中、榊は無傷でその場に立っていた。
「あ、あの……」
「どうしましたか、お嬢さん」
「ありがとうございます! 助かりました」
「いえいえ、人として当然のことをしたまでです」
「まあ、何て謙虚。少々お待ちください」
彼女はとある物を出す。
「このナンバープレートはお礼です。どうぞ」
「わあ、いいんですかこんなものを頂いちゃって」
「いいんです。どうか」
「ありがとうございます。それではお言葉に甘えて」
「最後に、私の名前は奄美雛です。九陽高校の二年です」
「どうも。僕は榊俊也といいます。それではまた」
榊はバイクにまたがって去っていった。
「……奄美さんか……」
榊はさっきの女の子のことがすっかり気になっていた。
――――――
「……何コレ」
奄美先輩がルーズリーフに目を通したまま呟くように尋ねる。何か予想とは違う反応だな。
「奄美先輩が榊と出会うきっかけとするためのシナリオですが、問題ありましたか」
「……うん、じゃあ一つ一つ整理していこっか」
奄美先輩は俺の方にも見えるようにルーズリーフの向きを変える。
「榊君ってバイクで通学してんの?」
「いや、知りません」
王子とは通学で一切会ってないのにわかるはずない。
「私通学中にこんな男共にカラまれたことないんだけど」
「そうですか」
まあ俺も通学中にそんな事件があったっていうのは聞いたことないな。
「仮に私がこんな目に遭ったとして、榊君が都合よくその場に居合わせて助けてくれるものなの?」
「まあ、可能性は低いでしょうね」
奄美先輩も王子も同じ学校に通ってるので可能性ゼロとは言わない。あ、二人の通学路が違ってたらその時点でアウトか。
「……榊君って三人相手に無傷で制圧できる程ケンカ強いの?」
「さあ」
王子がその場に飛び込んで男共を直接成敗できるのかはまた別の話だ。
「何で私ナンバープレート持ってんの? しかも何でお礼に榊君へ手渡してるの?」
「いや、奄美先輩がやったことですから自分に訊かれても」
自分自身の行動に疑問を持つとは何か哲学的だな。
「最後に一つ。このシナリオをどうやって実現させるつもり?」
奄美先輩、心なしか今朝会ったときより恐ろしく不機嫌になってる気がするんですが、一体どうしたんですか。
「自分には皆目見当付かないです。後は奄美先輩に実現方法を考えて頂こうかと」
「ふざけんな!」
奄美先輩がルーズリーフを床へ一直線に叩きつけた。先輩、そんな大声立てたら他の方に気付かれますよ。
「こんな意味不明な茶番なんてやってられるか!」
奄美先輩はまだ気が収まらないのか息を上げながら激昂する。一体何がお気に召さなかったんだろう。
「あー、バイクじゃなくて一輪車の方がよかったんですかね」
「そこじゃない!」
「では何がダメだったんでしょう」
「全部よ全部! マジメにやる気あんの⁉」
「至って大真面目ですよ」
「あー、もういい!」
頭髪をクシャクシャに掻き毟ったと思うと、奄美先輩は足音を大きく立てながら去っていってしまった。
……徹夜で書き上げた脚本なんだけどなあ。