奄美先輩と俺は第一校舎の裏手に来ていた。
そこはかつて安達と加賀見を引き合わせるのに利用した場所だった。懐かしいなぁ。アイツら今元気でやってるかなぁ。ツインテールの方はどうでもいいけど。
日中でも日陰に覆われた淋しい所であり、滅多に人は寄り付かない。
「さて、それじゃ練習の再開でもしますか?」
「うーん、移動してる間に考えたんだけど」
「何でしょうか」
「やっぱ、変な小細工なしに一回告白してみようかなって」
「へ?」
相手は先輩であったが、思わず意味がわからないとばかりに聞き返してしまう。
「えーと、詳しく説明して頂いてもよろしいでございますか?」
「何その口調。……そうね、やっぱさっきのシチュエーションって嘘臭いなって思ってさ」
奄美先輩が説明を始める。
「正直、あのシナリオについては前からリアリティに欠けるな、とは思ってたのよ。それでも変な男にカラまれるシーンだけ抜き出して真に迫った演技をすれば問題ないかなと思い直したんだけど、さっきの演技の練習のときにやっぱ演技っぽさは消せないって思っちゃって」
先輩、俺のシナリオ全否定ですか。
「とはいえこのままだと榊君とはまともに接点も取れやしない。それならいっそ榊君を呼び出して思いを伝えれば、そこで振られても榊君と縁を持つきっかけにはなれると思ったのよ」
おいおい、スゴいこと言い出したよこの先輩。
それって今回の告白が失敗しても王子と交流を続けるつもりってことですよね。
振られた後も関わり続けるなんて、恐ろしく強靭なメンタルじゃなきゃやってられんと思うのですが。
「そこであなた、榊君を私の元へ呼び出してくれない?」
ああ、そういうことですか。確かに俺なら同じクラスだし、奄美先輩と王子を仲介するのには適任ですね。
「了解しました。場所と日時はどうしますか」
「そうね……」
そうして俺達は告白のセッティングについて詳しく詰めていった。
翌日の休み時間、俺は王子のいる机へと向かう。
あの球技大会の後、王子を取り巻く環境には変化が起こっていた。
まず、交流を取る女子が少なくなっていた。
以前は色々な女子達をとっかえひっかえするようにこの教室で数人の友達と談笑している姿をしばしば見てきたが、現在は数人の男友達と話をするのが主流になっている。
いや、一緒に昼食を摂る同じクラスの女子がまだ一人だけ残ってたか。その女子は思えば入学当初から王子と交流していたので、長年連れ添っている友人なのかもしれない。ひょっとして幼馴染ってヤツですか。ラブコメにてまず一人はいるというお約束のポジションですか。
次に、王子のファンクラブと見られる集団も数を減らしたという噂が流れた。
王子が春野への好意を明確にしたことによってファンを止める女子達が一気に出てきたそうだ。
現在残っているのはそんな中でも王子の応援を続ける連中ということなので、ある意味精鋭だな。
もっとも、コイツらの具体的な活動内容など知らないし、王子に直接カラんだのはあの球技大会での告白騒ぎの直後ぐらいしか見たことないので、王子の学校生活に大した支障はないのかもしれない。
いずれにしても王子が春野に告白して玉砕したという話はすっかり学校中、全学年の話の種となっていた。
奄美先輩から直接聞いたわけではないが、今回奄美先輩が王子にアプローチを掛けようと手を打っているのも王子に関する噂を受けてのことだろう。
好きな女に振られて傷心中の男に今アタックしていけば思いが成就するかもしれない、と当て込んだのは想像に難くない。
それに奄美先輩自身、容姿はそれなりに整っている。
髪は胸の辺りまで伸びて緩いウェーブが掛かっており、光が当たるとどこか青紫がかったように見える。
身長は女子の平均並みといったところだろうか。安達や春野とどっこいどっこいだな。
体型は瘦せ型で脚が長く感じられ、均整が取れている。
そんな美貌で好意をもって迫られたらそこらの男子生徒はイチコロだと思うので、後は王子にもその手が通じるかどうかだな。
さて、王子を呼び出す仕事に意識を戻すか。
王子は噂の渦中の人物でありモブを目指す俺にとっては関わるのが厄介なのだが、頼まれた以上仕方がない。
「おーい、ちょっと」
王子の方を見てそう呼びかける。
「ん? 何かな」
王子が振り返る。相変わらず眉目秀麗なご尊顔だこと。どっかの事務所にスカウトされたこと絶対あるだろコイツ。デビューすればいいのに。
「あそこにいる二年の先輩が、お……榊のこと呼んでる」
あっぶねー、今「王子」って呼びそうになってたよ。これ俺の心の中限定の呼び名だっての。こんなの本人はもとより奄美先輩にバレたら洒落にならないっての。
俺が王子の視線を促した二組の教室の出入り口、その近くに奄美先輩が立っていた。
「ん、そうか、今行くよ」
王子が椅子から立ち上がり、奄美先輩のいる方へ進んでいった。
奄美先輩はというと、王子が近くに来ても緊張で固まったりあるいは逆にワタワタしたりせず、至ってクールな雰囲気を保っていた。さすがです。
奄美先輩と王子は何か軽く話した後、二人で離れていった。
本来ならここで今日の俺の仕事は終わりなのだが、このまま教室にいると
「ねえ、黒山君」
と俺に話しかけてくるクラスメイトがいるのだ。
声の主は確認するまでもなく安達だった。
「すまん、ちょっと先輩から仕事を頼まれてんだ」
「あ……」
安達から逃れるため、俺は教室を出た。
そのまま奄美先輩達の向かったのとは違う方へ行ってもよかったんだが、万一加賀見・春野・日高に見つかったとき言い訳しづらいな。
というわけで奄美先輩達が向かった告白予定の場所へ俺もついていくことにする。ちなみに奄美先輩にはその方針を伝えていない。いわゆるアドリブって奴です。