奄美先輩は私にもハッキリと感じ取れるぐらいに動揺している。
「な……何でそのことを……」
とてもわかりやすく表情を変え、両腕を鳩尾の辺りに持ってきてオロオロする奄美先輩。失礼ながら彼女に先程まで年上らしい威厳は見られなかった。
「すみません、先輩。当てずっぽうで言ってみただけでした」
しれっと答えるマユちゃんに私は内心恐怖した。
奄美先輩が黒山君に協力しているということまでは知っているが、その具体的な内容まで私達は知らなかった。
二人に訊き出そうにも以前黒山君がマユちゃんとミユちゃんに
「すまん、相手もあまり話を広めてもらいたくないって言うんで詳しくは話せない」
と話していたそうで、効果はないと踏んでいた。
だから私達で推測した。
奄美先輩が実現したいことをわからなければそもそも交渉すらできないから、四人で話し合って当たりを付けた。
そうして、奄美先輩と黒山君のやっていた「演劇の練習」や、(あまり思い出したくないけど)今校内で立ってる噂から、奄美先輩が榊君と交際することが目的というのが最も可能性が高いという結論になった。
「アイツも榊って奴も二組だし、同じクラスの男子って繋がりで先輩が協力を求めたのかも」
とのマユちゃんの談が決め手になった。
「でも、確信はない。後は先輩にカマかける」
として、先輩の反応から探る方針だったのだ。
何もかも根拠に乏しい推測で動くことになっちゃうけど、ろくに奄美先輩と黒山君の情報を得られないのだ。情報を手に入れるために二人を尾行なんてひどいことできるわけないし、ならとりあえず先輩に直接確かめてみよう。
ちなみに皐月から
「当てが外れたときはどうする?」
と疑問が出たとき、
「そのときはそのとき。一度失敗したら終わりってわけじゃないし、また次の手を考えるだけ」
とマユちゃんは答えていた。頼もしいのか頼もしくないのか……。いや、私も現状マユちゃんの案に頼り切りになっちゃってるんだからそんなこと考えちゃ失礼だよね。
そして奄美先輩の反応を見るに、そんな心配は杞憂に終わったようだ。
これで後は先輩の目的を踏まえて交渉するだけ。ここからが私達にとって正念場だ。
「それで、さっきの話の続きですが――」
「――本当にそんなことができるの?」
「絶対とは言い切れません。しかし、榊があなたにますます興味を持つことは間違いないかと」
先輩との話はマユちゃんがずっと担ってくれている。私の方は話に入ろうにも変なことを言っちゃうのが怖くて萎縮していた。
ゴメンねマユちゃん、この場はあなたに任せます。
「……」
奄美先輩が口を閉じる。私達ではなく、前の床の方に視線を落としていた。
私は相当に緊張していた、と思う。
奄美先輩の答えはどうなるか。今このときだけでも奄美先輩の心を読んでみたいとしょうもないことを考えてしまった。
やがて、奄美先輩から
「なら、お願いするわ。成功したらあなた達の要求も受け入れる」
という返事を聞いたとき、私は道が拓けた心地がした。
「……ありがとうございます、先輩」
「ありがとうございます!」
マユちゃんは姿勢を正してお辞儀をした。私もそれに続いて頭を下げる。
俺が目の前に現れた加賀見と春野に何故ここに来たのか尋ねると、加賀見が即答した。
「何でって、私達も奄美先輩の作戦に協力するからじゃん」
「え、えっと、改めてよろしくね」
続けて春野も俺にそう呼び掛けるが、俺の頭はまだ今の状況に追いついていなかった。これは夢? なら加賀見が出た時点で悪夢確定だな。
コイツらが奄美先輩に協力する可能性について、なくはないもののゼロに近いと思っていた。
奄美先輩は基本的に王子への好意を周囲に隠している。俺にその好意が知れたときだって偶然の産物だし、他に協力者を集うことを勧めても他の人に知られるのをなるべく避けたいという理由で彼女は却下していた。
つまりそれは加賀見達から協力を申し出たとしても、奄美先輩がまず首を縦に振らないということになる。
それに春野の方は奄美先輩が好意を寄せる王子の思い人であり、奄美先輩にすれば恋敵に当たる。
奄美先輩が春野のことを知らないとは考えにくい。知らないということは例の王子が告白した噂も知らないということになり、今このタイミングで王子にアプローチを仕掛ける理由もなくなる。
制服に名札も掛かっていることだし、何よりその周囲の人と一線を画すその容姿で春野とわかるだろう。
そんな春野相手に奄美先輩が王子の件で関与させたいなど、普通は思わない。
かかる事情から、例え加賀見まで奄美先輩の件に介入しようとしてもまず成功しないと踏んでいたのだ。
それを今この二人がこうして奄美先輩と俺の前に立ち、俺達が色々と練っている作戦に参加するという時点で俺の方のメリットは幾分か失われた。
何せコイツらと関わらずに済むことが俺の奄美先輩に協力する最大の理由だったから。
「……で、協力っつっても何するつもりだ?」
このときの俺の気分はどんなもんだったか。あまり思い出せないが、とにかく我ながらやる気を出せなかったのだけは記憶に少しばかり残っている。
ただ、加賀見と春野の協力が失敗に終わればいいかとは思ってたんだっけか。
失敗したら奄美先輩が二人への信頼を損ねて二人を作戦から外すことに期待できる。でもその理屈だと、既に失敗したことのある俺も協力者をクビになるのか。あらうっかり。
「別に難しいことじゃない。でもアンタが出す案よりは確実だと思うよ」
加賀見が挑発じみた物言いをしてくる。勝負してるわけじゃないしどうでもいいよ。
「そーかい。んじゃ、俺はここで失礼するか」
「え、ちょっと」
奄美先輩が止めに入るが構わない。
「先輩、今日はコイツらが協力するんでしょ。それなら自分は邪魔になるだけだと思うんで、ここでお
俺はそう言ってさっさと廊下をスタスタ歩いていった。
奄美先輩はこれ以上言葉を発さず、加賀見の声も春野の声も特に聞こえなかった。