「……何でアンタがそれ気にすんの?」
「だっていつも私から聞いてもないのに愚痴ってくるじゃん」
お姉ちゃんは鞄を机の上にドサっと置いて自身も椅子にドサリと音を立てて座った。あ、これ今日もうまくいかなかったんだな。
中学三年生となった私は最近高校受験の勉強に追われている。
国語・数学・理科・社会・英語と満遍なく知識を頭に入れていくのに疲れ、時々(というか毎日)お姉ちゃんのお部屋にお邪魔してベッドを借りている。何かこのベッドが体にすごくフィットするのだ。
で、後からお姉ちゃんが部屋に帰ってきたときには互いに雑談を交わす。
話題は大抵学校のこと。その日に互いの学校であったことを話して盛り上がったり盛り上がらなかったりするのが定番だ。
お姉ちゃんの方からは特に榊さんという生徒に関する話題が多かった。
何でもお姉ちゃんの後輩にあたる男子でお姉ちゃんが一目惚れしたらしく、彼のカッコよさとやらについてひたすら語っていた。
榊さんの写真は持ってないのかと訊いたら「持ってないし、勝手に撮るのも失礼だから」とのこと。なので榊さんとやらの人となりについてはお姉ちゃんの話から推測するしかなかった。
お姉ちゃんの中では榊さんとやらは容姿も性格も能力も一流の人物ということになっているらしい。他人について色々と妄想するのは勝手だけど、ろくに関わりもないのに美化していくと現実とのギャップに苦しむことになるんじゃないのと傍から見てて思った。勿論本人には言わない。
そんなお姉ちゃんが話をする内容に変化が起きたのはつい最近のこと。
お姉ちゃんが榊さんという人と付き合うために、黒山さんという男子生徒に協力を仰ぐことにしたというのだ。
一体どうしてまた、と訊いたら榊さんがとある女子に振られて傷心中だろうから手紙で読んで告白しようとしたら黒山さんとやらにバレたそうだ。
で、お姉ちゃんが
それからのお姉ちゃんからの話題は黒山さんに関することが多くなっていった。
やれ黒山君がふざけてるだとか、やれ黒山君の演技が中々うまかったとか、やれ黒山君の考えがいつもズレてるだとか……。
本人は愚痴っぽく話していたけど、それを毎日のように聞いている私からすれば、黒山さんに対してただ苦労してる以外の感情を持ってるように感じられた。
後、榊さんの話についてはお姉ちゃんがまともに接したことがないため妄想の産物ばかりだったが、黒山さんの話については言動や態度について事細かに話してくれた。
いずれも伝聞でしか彼らを知らない私にとって、黒山さんとやらの方がよほど詳細に人物像をイメージしやすかった。
何というか、とっつきづらいけど面白い人なんだろうなというイメージだ。
「……ねー、お姉ちゃん」
「な、何」
お姉ちゃんが身構える。
「私もお姉ちゃんと同じ九陽を第一志望にしてるけどさ」
「うん」
「もし私が九陽に入ったら、その作戦協力したげよっか?」
「はあ?」
お姉ちゃんが「何言ってんだコイツ」とばかりに声を立てる。
「多分だけど今の調子だと榊さんと付き合うのって夢のまた夢だと思うんだ」
「……!」
否定はしない。やっぱお姉ちゃんも理解してるんだ。
話に聞く限り黒山さんにも協力をしてもらっているという作戦の調子は
「私も協力すれば成功する可能性上がるんじゃないかなーって」
「……アンタ男と付き合ったことないでしょ」
「うん」
今のクラス、いや校内の男子共に興味ある奴らいないし。
男性アイドルとか架空の男キャラにすら興味が持てないし。
男に恋して付き合うっていうのがどういうことかさっぱり想像つきません。
「そんなアンタに協力してもらう必要、ないから」
お姉ちゃんが私を睨みながら低い声で答えた。おお、挑発に聞こえちゃったのかな。
「いやゴメンゴメン、ちょっと心配しただけだからさ。そんな怒らないでよ」
「……別に怒ってない」
いや、怒ってるでしょ。さっきの表情と声音は何なのさ。
勿論そんなことを口には出さずニコニコ笑ってみせた。ダイジョーブダイジョーブ、私は敵じゃないよ。落ち着いてお姉ちゃん。
「んじゃ、そろそろ戻る」
リフレッシュを終えた私は自室に戻るべくベッドから立ち上がった。
「ん、それじゃね」
お姉ちゃんは私を一瞥して机の方を向いた。勉強でもするんだろうか。
「じゃーねー」
お姉ちゃんの部屋の扉をゆっくり閉めながら、私は挨拶の返事をした。