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第170話 させないから

 ファミレスでのプレゼント渡しと食事を終えた俺は今、春野と二人で歩いている。

 どうしてこうなったのかって?

「誕生日が近い者同士、たまには二人で一緒に帰ってみるのもいいんじゃない?」

「それって一緒に帰る理由になるのか? こじつけ感ハンパないぞ」

「いやー、なるって」

「あとこの前も二人で帰ったんだが」

「そんな細かいこと気にしないでいいじゃん」

 カラオケでのデュエットの促しが失敗に終わった腹いせなのか日高がとにかくプッシュしたのだ。

 もちろん無視しようと思ったのだが、

「……そうだね、たまには一緒に帰ってみよーよ」

「そ、そうか」

 春野がカラオケのときと違い乗り気になったため、俺も断りきれず一緒に帰る運びとなったのだ。


 カラオケやファミレスには結構長く居座ったため、外はとっくに日の入りを迎えていた。

 空の色は青紫に広がっており、幾許いくばくの時間も経たずに暗い闇がやってくるだろう。

「いやー、楽しかったね、誕生日パーティー」

「よかったな」

「来月にある皐月の誕生日、今度はこっちが頑張らないとねー」

「そうだな」

「来年の誕生日パーティーもやってほしいね」

「そうだな。俺達がいつまで一緒にいられるかわかんないしな」

 俺としては軽い気持ちで付け足した一言だったのだが、

「え……」

 春野は急に足取りを重くした。


「えっと、黒山君転校でもするの?」

「そうじゃないが、高校を卒業した後は大抵バラバラになるだろ」

 進学先が別になった元同級生なんて、仲良くしてた奴でも疎遠になるのは普通のことだろ。

 春野とて日高という物心付いたときから一緒に過ごしてきたような幼馴染がいるにしても、日高以外では卒業と同時に連絡を取らなくなった旧友が多いはずだ。

 ましてや一人で過ごすのが好きな性分だった俺には絶無だ。母校で同じクラスだった奴の顔や名前は既にほとんど忘却している。再会しても思い出せる自信はない。

「そうとは限らないでしょ。連絡先だって知ってるんだから会おうって気になればいつだって会えるんだし」

「なるほど。お前がそのつもりなら安達や加賀見や日高とは大丈夫じゃないか」

 春野と今のアイツらとの結び付きの強さを鑑みれば結構長く縁が続くかもな。ひょっとしたら一生物の縁になるかも。日高に至っては折り紙付きだな。

「黒山君は、そうじゃないって言いたいの……?」

「……」

 答えを思案するうちに、道の脇に佇んでいる街灯がポツポツと光り出した。


 俺にとって一人で過ごす時間というのは掛け替えのない最も平和な時間だ。

 教室でクラスの誰かと話しているよりは教室で自席に座りラノベを呼んでる方がいい。

 数人で騒いで過ごすよりは一人でゆっくりと過ごす方が楽しい。

 昔からそんな気分で生きてきた。これからもそんな気分で生きていくつもりだ。


 ところが高校生活でとんだ計算違いが起きた。

 安達・加賀見・春野・日高・奄美先輩、そして最近だと葵と関わるようになり、いろいろあってコイツらとの縁を切れないと悟った俺は現在の高校生活を受け入れることにした。

 しかし、高校を卒業したら今度こそ一人きりの生活に戻るつもりでいる。

 今でもその望みに変わりはない。


 そのような俺の望みを目の前の春野に話すのは何となくためらわれた。

 いや、何となくじゃないか。

 多くの友達とワイワイ遊びながら過ごすことに優る楽しさはない。

 それを正義と信じているような底抜けに明るい少女に、今俺が思ってることなど理解できるとは思えなかった。どれほど詳しく説明しても納得してくれないことは目に見えていた。


 なら嘘でごまかすか?

 俺も春野と一緒に高校卒業後も過ごしたいと。

 まだまだ皆で遊んでいきたいと。

 いかにもな態度を見せてそう言い切れば春野は信じるだろうな。

 嘘を見抜くのが苦手なタイプだから。


 だが、その手の嘘が後ですぐバレることは充分に考えられた。

 春野が他の女子達に話せばその相手は俺の言葉に疑いを抱くことはあり得る。

 特に加賀見なんて俺の嘘をあっさり見破り真意を掴む公算は大きい。

 そして嘘がバレたときに何か厄介な事態を招くかもしれない。

 そんな我ながら根拠がよくわからないが無視もできない予感があり、ゆえに嘘で乗り切る手段は控えた。


「……まだ先のことだからな。あんま深く考えても仕方ないぜ」

 時間を掛けてもあんまりいい返答が浮かばなかった俺はさしあたり言葉を濁すことにした。

「……」

 春野がにわかに黙り込む。

 目の前の街灯はいつしか全て点灯しており先の道を照らしていた。

 春野が普段周りに振りいている笑顔を失っている姿が、道の上ではっきりと照らされていた。



 しばらくの間、二人して無言のまま歩いていき駅まで辿り着いた。

 そして駅での別れ際に、春野が挨拶を掛けた。

「またね、黒山君」

「ああ、またな」

「それと」

 春野が挨拶の後に何かを付け加えようとした。

「……っ」

 続く言葉が春野からすぐに出てこなかった。その代わり斜め下の方に顔を向け、拳を口元に近付けて少し深い呼吸をしていた。

 春野の言葉を待ち構えているとやがて春野が俺の方に向き直った。


「高校で終わりになんて、させないから」


 春野は俺と真正面から向かい合っていた。

 いつにない真顔を表に出しており、ただ目をしっかりと開いて俺を見据えていた。

 このときの春野から、どこか俺に対する敵意に似た気分を感じた。


 言いたいことを言いおえたらしい春野は駅のホームのある方へすぐに身を翻して早足で立ち去った。

 階段を下りていく足音がホームに反響し、間もなく遠くなっていった。


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