春野との植物園遊覧が終わった週の明けに、日高からまたもやメッセージで呼び出された。
場所は前回と同じ第二校舎の横。
前回と違う点は春野がいないことと、
「やー、ゴメンねまた来てもらって」
日高が先着していたことだった。
「どうしたんだ、また植物園のチケットでも渡しに来たのか」
「違う。ほら、凛華と植物園巡った感想が聞きたくって」
「春野から聞けばいいのでは」
「凛華とはもう話したよ。黒山からの感想も聞いてみたいんだ」
そうか。よくわからんが話せば解放されるんだな。
「そこら中に咲いてた花が綺麗だったな」
「他には?」
「中にあった飲食店のカレーが結構うまかった」
「後は?」
「電車の便が少なくて行き来が不便だなと思った」
「植物園の感想ですらないじゃん! そうじゃなくて、もっと凛華に対する印象とかさ、ないの?」
「ああ」
そうだよな。コイツはそういう奴だった。
おおかた春野と俺が二人でどっか行ったことによる恋愛的な進展を期待してるんだろう。
「春野が今までしたことないような行動を数多く取ってたな」
「へー、そうなんだ」
日高が頬を緩める。
「で、お前か他のお友達の差し金かと思った」
思いついたのは当時ではなく、たった今の日高を見てのことだったが。
「!」
日高の頬の緩みが一気に引き締まった。
「お前が春野に妙なことでも吹き込んだか」
「妙なことってそんな。私は凛華にいつもと違うことした方が楽しくなるんじゃないかってアドバイスしただけだよ」
楽しくなる、か。
コイツが春野と俺の仲をやけに恋愛じみた方向へ持っていこうとするのは今に始まったことではない。
一年のときからたまに俺へ春野の女としての評価を尋ねていたし、何なら春野の恋愛事情に興味がある旨を明言したこともあった。
最近では春野と俺の誕生日祝いにカラオケでのデュエットを提案したり一緒に帰ることを促したりと露骨な行動が目立った。
今回の誘いを春野と俺の二人に絞った理由である、「春野を男に慣れさせるため」というのが嘘だとは別に思わない。
春野と俺の仲を取り持つのより
去年の球技大会にしろ、
だが一方で、春野と俺の関係を面白おかしく観察するという下心も同時にあったらしい。
そんな日高の性分については今更だし責めてもしょうがない。
しかし、春野があんなマネするように仕向けたのは俺の知る限り初めてのことだった。
言ってしまえば自分の野次馬根性を満たすために親友をオモチャにするような行為に映り、その辺りに抜きがたい違和感があった。
「春野を弄んでるわけじゃないんだな」
コイツには無用な問答と知りつつも、念のために聞いた。
案の定、日高が眉を不機嫌そうに寄せた。
「そんなわけないじゃん。凛華も……」
そこまで口にしたところで日高が「おっと」と口を手で抑える。
何か口を滑らしそうに見えたのが引っ掛かるが、この様子だと春野に対して悪意があるわけじゃないと一旦判断した。
「アドバイスしたのは事実だし、黒山をからかうようなマネをしたのはゴメン。だけど、当日凛華がやったことは凛華が望んだことなのは覚えといて」
なぜ日高がここまで言い切れるのか。
当日日高が一緒に回ったわけでもないのにやけに春野の心境を理解したような口ぶりである。
日高の言葉が気にはなったものの、これ以上詮索するのは春野の心境に踏み込みすぎてよくない。春野にもプライバシーというものがある。
「わかったよ」
「それと、もう一つお願い」
日高が俺の目に視線を合わせる。
「凛華が黒山と二人で遊びに行きたいってときはできるだけ付き合ってあげてくれないかな。必要なら私も協力するから」
先日春野が言ってたこととほぼ一致していた。
偶然だろうか。いやそんなわけないな。
「それはいいが、春野から俺とこれから二人で遊びに行く件も聞いたのか」
「うん」
日高はあっさり認めた。
これ以上深く追求するつもりはないが、当日の植物園での出来事だけではなくその前の日高が春野にアドバイスをしたというときでも、俺の知らない春野の事情を諸々共有したんじゃないかと思う。
そうであればやけに日高が春野の気持ちを知ったような口を利くのも合点が行く。
なぜ春野があんなマネをしたのかはさっぱりだが、わからないことをいくら考察しても解決しないだろうから一旦置いとこう。何よりメンド臭い。
で、日高と話の続きをせねば。
「春野から聞いたなら俺が了承したことも知ってるだろ。お前から改めて頼まなくてよかったんじゃないか」
「念のためだよ。黒山なら後からしらばっくれてもおかしくないもん」
「……よくわかってるな、俺のこと」
「もちろん」
日高との交流も春野と同時期だからそれなりにある。だからこそ俺の行動にも大体予想がつくのだろう。
でもまあ安心しろよ。とりあえず高校の間はお前らに付き合うから。高校の間は。