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第181話 曲げないで

 五月中旬になると九陽高校では一学期の中間テストが実施される。

 テストの2週間前ぐらいから各教科の担当教師もテスト範囲について言及を始め、生徒達もそれを受けてテストへの準備に取り掛かるという流れに乗って順調にテストへの日が迫っていた。


 そんな中、空き教室の放課後でもテストに向けて活動の調整がなされていた。

「奄美先輩、そろそろテストのシーズンですね」

「そうね」

「すっごいドキドキします」

「高校に入って初めてのテストだもんな」

「はい。やっぱ中学と同じ要領なんですかね」

「いや、もうちょっと厳しいぞ。カンニング対策とか」

「具体的には?」

「まず生徒の首を専用の器具で固定する」

「なぜ?」

「生徒が横の奴の回答を覗き見しないようにとのことだ。あと消しゴムを落としたら二度と誤答を消せなくなる」

「いや先生に消しゴムを拾っていただくとかできるでしょ」

「上下関係厳しいからなこの高校。生徒が先生方に何か物を頼むことなんて言語道断だぞ」

「厳しい通り越して頭おかしい高校ですね」

「お前もこの高校の生徒だからな?」

 ブーメランになるからやめた方がいいぞ。

「はあ、どうせ冗談なんでしょ」

「やっぱ気付いたか」

「こんなの真に受ける人いるんですか」

 ふ、お前はまだまだ春野を知らないな。


「横道に逸れましたが奄美先輩。いつものようにテスト前ということで作戦会議は一旦中止にしませんか」

 最近はアイデアも出尽くして二人して新しい案がさっぱり浮かばず話がまともに進んでない状況なので、やる意味もほとんどなくなってきているが。

「そうね。明日からは各々放課後自由にしましょうか」

「へー、そんな部活みたいなスケジュール調整するんですね」

「まあな」

「そりゃね」

 奄美先輩とて恋愛事にかまけて進級の懸かったテストをおろそかにするほどバカではない。

 まして今の奄美先輩は三年生だ。大学進学を志すなら勉強は到底欠かせないだろう。奄美先輩の進路はよく知らんけど。


 葵は会話の間ずっと両肘を机の上に立てて両手を頬にくっつける相当にくつろいだ姿勢を取っていたが、ここで急に両手を自分の腿の上へと引っ込めた。

「実は胡星先輩にお願いがありまして」

「またか。これで何度目だお前のお願いは」

「テストの勉強を見てもらいたいんです」

 俺の指摘はどこ吹く風か、葵が自分の願いをはっきり告げた。


「断る。他を当たれ」

「胡星先輩が一番適任だと思ったんです」

「奄美先輩は葵の勉強を見ないんですか」

「あんまり。どうも私、人に教え事をするのは苦手みたいで」

「ええ、ホントに」

「アンタはまずマナーを勉強しろ」

「おお、怖い怖い」

 唐突に始まった姉妹のじゃれ合いも気にせず他の候補を挙げる。


「安達や加賀見はどうだ。アイツら教えるのうまいぞ」

「そうなんですか?」

「ああ。二人とも同級生である友人の成績を向上させた実績ありだ」

 その同級生とは日高のことなのだが本人の名誉のため匿名にしておく。

「確かに魅力的ですが、まだ先輩方とはそんなに交流がなくって。お願いするのはちょっと二の足踏んじゃうというか」

「おい、俺は? 俺はどうなるの?」

「先輩はもう何度も私のお願いを聞いていただいた実績ありますから」

「目の前の先輩を堂々とパシリ認定すんのやめろ」

「えー、先輩からの借りは溜まってるって意味ですよ。もし先輩がお望みなら、借りの分は別の形でお返ししますけど♪」

「いい。遠慮しとく。それよりさらに借りようとしないでくれ」

 お返しとやらにすごく嫌な予感がした俺は負債だらけの後輩への追加融資を断った。


「それに先輩言いましたよね」

「何を?」

「理由があれば私と一緒にいてもいいって」

「そんなこと言ったか?」

「もちろん。先輩は忘れたかもしれませんけど、先日ここで言いましたよ」

 すっとぼけたが、一応は覚えていた。

 春野とのデートにかこつけられて一緒に出掛けようと迫る葵をいなすために出した理屈だった。

「自分で言ったこと曲げないでくださいね、先輩」

「……今回だけな」

 やむなく俺は葵のテストを見ることになった。


「なら私達の家でやらない?」

「ん、お姉ちゃん?」

 奄美先輩の提案に俺より早く反応する葵。

「勉強に集中するなら学校とか図書館よりも家の中がいいと思うの」

「まあ、自分はそうですね」

 中には家以外の場所のが集中できるという手合いもいそうだが、俺は周囲の人が少ない状況の方が好みだ。

「お姉ちゃんも勉強するんでしょ? 私達は邪魔にならない?」

「私は気にしない。何なら黒山君の方でわからないところがあったら教えてもいいわ」

「はあ、恐れ入ります」

 貴女さっき教えるのうまくないって自己申告してませんでしたか。

「うーん……胡星先輩の家でやるのもいいな、て思ったんですが」

「アンタただでさえ黒山君に迷惑掛けておいてまだ黒山君に負担させるつもり?」

「う……」

 おお。奄美先輩がいつになくお姉さんらしいことをしてる。

 俺にとっては大変頼もしいが、突然の奄美先輩のこの言動はどうしたことだろう。


「すみません先輩、テスト勉強当日は我が家に来ていただけないですか」

「ああ、お二人が問題なければ」

「わかりました!」

「構わないわ。当日はよろしくね」

 葵と奄美先輩が同時に答えた。

 どうやら当日は葵だけでなく奄美先輩も相手にしなければならないらしい。それも彼女らの本拠地ホームで。


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