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第184話 スピード

 奄美姉妹とトランプで遊ぶことになった。

 神経衰弱・ババ抜き・ポーカーとやってきて、奄美先輩・葵・俺とそれぞれ勝利を分け合った。

「次スピードやりません?」

「やるか」

「ええ」

 という流れでスピードをやることになった俺達は奄美先輩対葵、葵対俺、奄美先輩対俺という順で対戦することになった。


 まず奄美先輩対葵では奄美先輩が勝ち。

「お姉ちゃん強い……」

「そーでもないけどね」

 とはそれぞれの談。

 続けて葵対俺では俺が勝ち。

「胡星先輩すごくないですか……」

「いや、普通だと思うぞ」

「途中から動きが目で追えなかったわよ……」

 奄美姉妹の反応がいかにも恐れおののいた様子だったが、いやいやそんなバカな。動きを目で追えないって俺はハヤブサか何かですか。


 奄美姉妹の大袈裟おおげさな反応はさておき、最後に奄美先輩と俺の対戦となった。

 ゲームが始まりさっそくカードの状況を確認していると

「胡星先輩、ちょっといいですか」

 なんと葵が話し掛けてきた。

「いやお前、ゲーム中だぞ」

「いーじゃないですかー。胡星先輩なら会話しながらゲームなんて余裕でしょ」

「いや結構集中力そがれるぞ」

「……ゴメン黒山君、私もちょっとハンデ欲しいかな」

 奄美先輩がゲームの手を止める。

「奄美先輩?」

「さっきの勝負見てる限りまともにやったら私勝ち目ないし……」

 いいんですか? 先輩がそれでいいなら俺も受け入れますが。

「まあ、そういうことなら」

「よかったねお姉ちゃん」

「……」

 葵が調子に乗っているのに対し、奄美先輩は葵へ特に視線を向けることなくカードに集中した。


 で、仕切り直し。

 俺は葵との会話と奄美先輩とのスピードを同時並行することになった。謎のマルチタスクだ。

「それで先輩、聞きたいんですけど」

「何だ」

「春野先輩とのデート、改めて詳しく話してくれません?」

 山に置けるカードを探すが見つからず、奄美先輩が1枚カードを山に置いた。

「何にもなかったって話しただろ。デートじゃねえってことも」

 奄美先輩が置いたカードが功を奏して、俺も連続2枚手札のカードを山に置いていく。急いで自分の手持ちからカードをテーブルの上に補充する。

「何にもなかったっていうのも考えてみたら胡星先輩の主観かなーって思いまして」

「ほう」

「細かいことでいいんで、起きたことを聞きたいんですよねー」

「何でだ?」

「それはもちろん、私とのデー……おっと失礼、お出掛けのときの参考にするためです」

 何の参考かはよくわからないが話さないと追及がやまなそうだ。

 俺にとっては秘密にしたいわけでもないし、さっさと話して解放されるか。

「まず植物園の入口で春野と合流してから植物園に入っていった」

「ふんふん」

「最初に向かったお花畑で、春野がさっそくお花を愛でてたな」

「なるほど、春野先輩らしいですね」

「途中でガラス張りの建物にも入った。そこで見た花の一つを春野が大いに気に入って写真で撮ってた」

「へー」

 葵は俺の植物園でのエピソードにひたすら相槌あいづちを打っていた。

 その間も奄美先輩は手を緩めず山に置けるカードをさばいていった。明らかにさっきの葵との対戦以上に奄美先輩の動きが速くなっている。


「次に園内の飲食店で飯を食った。春野が俺の注文したカレーを一口かっさらったな」

「え⁉」

 葵の声に驚いたのか、奄美先輩が突然テーブル上の手札を取ろうとする手を止めた。

「で、春野がお返しとして俺にハンバーグを一口食べさせた」

「ちょ、ちょっと先輩」

 奄美先輩が止まった隙を突いて山にどんどん自分の手札を積んでいく。一気に3枚はけた。

「どうした?」

「それ、何でもない出来事なの?」

 奄美先輩がいきなり会話に割り込んだのに驚き、肩が跳ね上がってしまった。

「え、奄美先輩?」

「貴方にとっては春野さんとそういうことするのって日常茶飯事?」

「私も聞きたいです」

「いや、そのようなことは今まで一度もなかったですね」

「なら何で以前は『何もなかった』なんて答えたの?」

 奄美先輩がテーブルに置かれた山や手札からすっかり目を離し、俺と顔を突き合わせてきた。

 葵も奄美先輩の割り込みを止めることなく俺の方をただ見ていた。


「いや、植物園での出来事を総括したら特に何でもないでしょ。事件でも事故でも起きたら話は別ですけど」

 葵の聞き方からして何かニュースになるぐらいの面白い出来事を期待してのことと解釈していたから、俺にとっては特段話すこともないと判断したのだ。

 俺も当時の春野の行動に面食らってたが、他人に話すほどのことかというと疑問に思う。それでも葵が細かく聞きたいと言うからとりあえず俺の覚えてる出来事の一つとして挙げたに過ぎないのだ。

 それがまさか奄美姉妹の興味の持つところになるなんて予想の外だった。


 回答を終えた俺は手早くカードを片付けた。

 奄美先輩はどういうわけかカードに目もくれず、俺の方から視線を外さなかった。

 葵もベッドの上で座ったまま俺をじっと見ていた。何なら睨んでるようにも思えた。


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