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第193話 平気

「それじゃやるか」

「うん」

 残り7種目のうち、特訓できる種目は後1つ。

 どの種目を教えるかと考えていたら

「決まらないならとりあえずボール投げでいいと思う。楽そうだし」

 と加賀見本人の御意見によりボール投げを教えることになった。そんなに楽がお好きなら一生楽な方に流されててくれ。そうすれば俺も加賀見から解放されてだいぶ楽になりそうだ。

 ちなみに以前の種目は砲丸投げだったのだが、今年はボール投げに変わったそうな。何でだろ。


「はい、マユちゃん」

 練習用のボールは安達が家から持ってきていた。

 安達・加賀見・俺はそれぞれ分担して他の種目用の道具も準備していたのだがついさっきの加賀見の案(ワガママ)によって全てムダになってしまった。残念無念。

 まあ加賀見の能力や性格を知ってたのにこういう事態を想定しなかった俺達にも非があるということにしておこう。予定より早く帰れることになったのは俺にとって充分プラスだし。

「ん、ありがと」

 加賀見が安達からボールを渡され、とりあえず投げる。

「うーん……もうちょっと伸ばせると思うんだけど……」

「だな」

 飛距離の方は正確には測れないが、明らかに一般的な女子高生と比べて落ちている。

 そもそも加賀見の投げる動作を見るに、フォームがよろしくない。


「加賀見、ちょっといいか」

「ん」

「ボールを投げるときの構えをやってみてくれ」

「こう?」

「いや、右腕はこうやって……」

 俺は加賀見の後ろへ回り込み、右腕を掴む。

 そしてフォームを修正すべく直接加賀見の腕を操り人形のように動かして説明した。


「へ?」

 と声を上げたのは安達だ。

 加賀見は説明している俺に対して「ふーん」「こんな感じ?」と相槌打っていた。

「あれ、どうしたのミユ?」

 こちらを何とも不思議な様子で観察していた安達に疑問を呈する加賀見。

 俺も安達の今の調子に違和感を覚え、一旦加賀見への指導をやめて安達の回答を待つことにした。

「マユちゃん、あのー……何ともないの?」

「? どういうこと?」

「あー、いや、何でもないならいいや。うん」

 安達がやたらウンウン頷く。


 いや何だそりゃ。加賀見と同じく安達の質問内容がどういうことか全く理解できないぞ。

 どうも加賀見の様子を変に思ったらしいが、どういうことだ?

 普段加賀見にいいようにやられてる俺が加賀見に対して偉そうにボールの投げ方を教えていて、そのことに加賀見が抵抗しないのを不審に思ったとか?

 加賀見と俺の関係をずっと見てきた安達ならそう思ってもおかしくないな。


 でも加賀見は真っ当なことなら結構聞く耳持つタイプだと思うぞ。

 安達・春野・日高と普段つるむ友達からもっともな指摘を受けたときは変に反抗せず素直に聞き入れるところを俺だけでなく安達も見てきたはずだ。

 俺に対してはやたらと厳しいところはあったが最近は、というか二年になってからは少し丸くなったのもあり体力テストのための指導であれば奴も変に逆らうことはないと思って俺も臨んでいた。

 ただ、これを機に俺が嫌がらせをしたら加賀見は即座に気付いて相応の報いを俺に直接与えてくるだろう。例のイリュージョンとかね。

 なのでそういうマネもせずただ教えることに集中していたのだが、安達はそれでも加賀見の素直な態度が不思議だったのか。

 それなら何で俺を特訓に付き合わせたのか。俺への嫌がらせか?


「あ、ゴメン、練習の邪魔しちゃったね。気にせず続けて」

 安達はそれっきり俺達に何か尋ねることはなかった。

 安達の真意を掴めないままだったが、これ以上掘り下げても答えそうになかったのでとりあえずボール投げの特訓を再開した。

「ん、じゃあやるか」

「ん」

 加賀見の表情から見るに奴も安達の様子に納得しかねているらしい。だがやはり奴もこれ以上追及することなくボールの投げるフォームを構え直した。

 俺の教えたことを意識したらしく、さっきよりマシなフォームになっていた。


「そうだな……で、投げるときは……」

 俺が投げるときの感覚を参考に加賀見にできる限りわかりやすさを心掛けて説明を試みる。

 俺は加賀見の腕を手に取り動かして、投げるときの腕や手の動きをなぞらせた。

「んーと……こう?」

 加賀見が実際にボールを投げて俺の教えたことを再現しようとした。

 ボールはさっきより明らかに飛距離が伸びていた。

「おー、いったな」

「アンタのお陰かもね」

 あれ、加賀見。何かやけに今日は素直だな。


 やや遠くにいる安達は「へー……」だの「マユちゃん、こういうの平気なんだ……」と呟き自分の右腕を左手で取って胸の前に持ってきていた。

 俺達に聞かせるつもりのないぐらい小さな声だったので加賀見は気付かなかったのだろう。加賀見は安達の方には目を向けずこのとき復習するようにボール投げをやり直していた。


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