今年も体力テストの日がやってまいりました。
開催場所は学年ごとに分かれているので奄美姉妹とは今日かち合わない。
しかしながら葵から
「そっちはどうですかー」
などとメッセージを通して状況確認をしてくる。何のために?
「持ってた株が暴落してどうしようか検討中だ」
「何の話ですか。先輩投資とかやってるんですか」
「いや別に」
「……胡星先輩とはまともな会話を期待しない方がいいんですね」
「そうか。一つ勉強になったな」
「自分が悪く言われてるのわかってます?」
そんな非常に有意義なやり取りを交わしてメッセージを切り上げた。
で、俺と同学年の女子四人も同じ場に居合わせているわけで、そうなると
「いやー、また成績上がったわ」
「いーなー、皐月は」
「去年の成績を維持するだけで精一杯だったよ……」
当然のようにコイツらと一緒に弁当を食らうことになる。
「ねー、マユちゃんはどうだった?」
さっきから何かムカつく笑みを浮かべている加賀見に対し、安達が促す。
「ミユ、私は大いに成長した」
と既にこなしたボール投げの数値を発表した。去年との比較も込みで。
「えー、すごいじゃん!」
「特訓の成果出たんだね」
「おめでと、マユ」
「いや、皆に比べればまだまだ」
加賀見、謙遜してても得意げになってるのが隠し切れてないぜ。
「ちなみに他の種目は」
「黒山、最近新しい特技を身に付けたんだけど見る?」
「いえ」
ボール投げ以外の記録を聞こうとしたところで加賀見が話題を急転回したので俺は何とか避難した。他人の特技が原因で往生するかもしれないとかまっぴらゴメンです。
特訓の筋肉痛は安達の計算通り今日には収まっており、加賀見は普通に運動できる状態に回復していた。
そして特訓したボール投げについては教わったフォームを体が覚えていたようで、練習した成果を存分に発揮できたのだそうだ。
自分で協力しといて何だけど高々1時間ぐらいの練習の成果ってそんな如実に出るもんだっけ。ひょっとして加賀見って運動嫌いなだけで鍛えればメキメキ能力が上がるぐらいのキャパを持っているのだろうか。どうでもいいけど。
「黒山はどうだったの?」
加賀見が上機嫌そうに俺の調子を聞く。
「俺? 俺は平均並みには取れたんじゃないか」
「ホント、平均がお好きなことで」
まあな。
「男子達の様子はどう? また
アイツ……か。名前すらまともに呼びたくないという日高の意思がひしひしと伝わる。俺もアイツのことは王子って呼んでるけど、ほら、俺の場合は高貴な立場に
「ああ、榊が男女問わず多くの奴らに囲まれてたな」
日高が代名詞で呼んでいた榊こと王子は去年の球技大会でのやらかしなどすっかり忘れ去られたように、以前の人気を取り戻しつつあった。
一つには奴の人当たりのよさがあるのだろう。
常に明るい雰囲気をもって男女問わず気さくに接することができ、一緒にいて楽しいと思える。
そんな王子の性格があのやらかしのイメージを徐々に払拭していったのかもしれない。
もう一つは直接の被害者が少なかったこと。
あの球技大会で嫌な思いをしたのは
当時その様子を目撃していた周囲の連中は想定外の事態に面食らっただろうが、嫌な思いをしたかというとそうでもないのだろう。
王子がやったのは校内行事の
となれば所詮は他人事である他の生徒達にとってはいつまでも気にすることではなくなるだろう。
極め付けは王子持ち前の美形。
あんなやらかしがあってもイケメンはイケメン。
アイドルでも充分通用しそうな容姿の前には多少のやらかしは目をつぶれるという女子生徒が相当数いたのかもしれない。
事実春野の友人の中にも王子のファンはいたそうで、去年その子と春野の間で何かトラブルがあったそうである。俺は全く関わってなかったから詳しくは知らないが。
要はイケメン無罪ってことですね。単純明快この上ない。
つまりあれから結構な時間が経ち、王子の武器である美形が活きてあの出来事が薄れつつある中で王子はまたも周りから黄色い声が上がるポジションへ返り咲こうとしていた。本人がそれを望んでるかどうかは知らん。
しかし、春野・日高はあの出来事以降は徹底的に王子達との交流を避け続け、特に日高は王子を仇敵のごとく扱うようになった。
安達・加賀見も当然その春野・日高の意向を支持し、時にはフォローに回ることもあった。
なお、王子は一年のとき二組であり安達・俺と同じクラスだった。春野・日高は五組で加賀見が一組。
二年になって王子は俺達とは違う七組になったからよかったものの、俺達と同じ二組になっていたら相当に厄介な事態が待っていたことだろう。
いや、正確には俺達とはというより春野とは、か。
「……」
「ああゴメンゴメン、ちょっと気になっただけだから」
皆が次の言葉を見つけかねていると日高がさっさと話題を切り替えた。
春野の場合、球技大会だけでなく去年の体力テストでも大変な目に遭ったのだが、それについては誰も触れなかった。
触れるわけがなかった。