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第34話

 新学年が始まり、朔也たちは二年生に進級した。同じ書道部で幼馴染みの今井はるかは別のクラスになったが、朔也と山宮は今年も同じクラスになった。掲示板で山宮の名前を発見したとき、朔也より早く登校していた山宮もその場にいた。朔也が「やった!」とメッセージを送ると「恥っず」とだけ返ってきたが、白いマスク越しの目元が笑っていたから、お互いに喜んだと思う。


 昨日ロングホームルームを終え、今日は朝から新入生歓迎会。人数がほしい部活にとっては新部員獲得のチャンスだ。


 小学校にあがる前から書道に親しんできた朔也は、これまでずっと書道部だった。だが、一見地味に思える部活だからか、「書道部に入っている」と言うと、「背が高くて運動ができるのにどうして?」と首を傾げられる。


 しかし、この高校の書道部はひと味違う。ダンス等を取り入れた複数人で作品を書く書道パフォーマンスを練習し、パフォーマンス甲子園での優勝を目指して活動している半運動部だ。だから、今日も書道部は書道パフォーマンスを披露した。新歓は三年生のみで行うので朔也は参加しなかったが、新入生には新鮮な驚きを与えられる演技を披露できたと思う。


 そうやって多くの部活が校庭でさまざまな発表をする中、放送部の山宮は「次はダンス部の演技です」等のアナウンスを行っていた。放送部は一人しかいないため、数分で自分の番が終わる他の部活とは違う。一人で何時間もぶっ続けで活動していたはずだ。


 そんな楽しくも忙しい日は午前で終了。パフォーマンスを終えた書道部は明日からの活動となり、朔也は昼ご飯を食べるとすぐに放送室に向かった。放送室内にはぐったりと椅子に突っ伏している山宮がいて、朔也が「これ」と差し入れの水のペットボトルを渡すと、一気に半分ほど飲み干した。


 思いが通じ合ってから、春休みも二人は放送室で会っていた。日の長くなった夕方、部活を終えた朔也が扉をノックして「よ」と開けると、宿題をしている山宮が「おう」と言って出迎える。扉を閉めると全てがシャットアウトされて、学校生活から切り取られた空間は独特の空気を漂わせる。下校時刻まで宿題をこなしつつお喋りをして、慣れないキスをすると山宮の口からのど飴の薄荷のにおいがした。


 そうやって山宮は休み期間中もコツコツ宿題に取り組んでいたのだが、不得手な勉強が彼の前に立ちはだかる。朔也の予想通り、授業開始の明日が迫っても終えられないでいた。そのため、今日はラストスパートをかけなければならない日だったのだが。


「折原、お前な‼」


 ちょうど「山宮」と「基一もとい」の間で破れたプリントを前に、山宮が真っ赤な顔でカーペットの床をドンッとこぶしで叩いた。狭い室内いっぱいに声をあげる彼を「まあまあ」と宥める。


「ちょっと言ってみただけじゃん。怒らないでよ」

「怒るわ! プリントどうしてくれんだよ!」

「おれは終わっちゃったから新しいのはないよ」

「俺が注意されんじゃねえか! クソ、お前が変なことを言うから……」


 ぶつぶつと文句を言って頭を抱える山宮のぴょんと覗く耳が赤い。二人きりのときはマスクを外してくれるのだが、花粉症がそれを邪魔している。照れているに違いないマスクの中でこほっと空咳をして、こちらを睨んできた。


「大体エロいことってなんだよ⁉ お前は言うことなすこと唐突すぎんだよ!」

「物事は唐突に起こるものじゃん」

「お前の唐突は飛躍しすぎてんだよっ! 付き合わねえかっつったときもそうだったじゃねえか! 頭よすぎてバカになってんのか⁉」

「おれが頭いいんじゃなくて、山宮のテストの点数が」

「悪いんだろ。知ってるわ‼」


 また山宮が怒ったので、朔也は肩をすくめて壁に寄りかかった。あぐらを掻いた足を引き寄せる。ふと自分のキャメル色のカーディガンに茶髪の毛がついているのを見つけ、慌てて拾って持っていたビニール袋に入れた。染髪が禁じられているこの高校で、茶髪と言ったら地毛の自分しかいない。放送室に自分の痕跡を残して、山宮を困らせたくない。


「あとどれくらいで宿題終わるの」


 ビニール袋をぎゅっと縛りながら聞くと、くしゅんとくしゃみをした山宮がプリントを数え始めた。


「今回はお前に聞ける問題を先に片づけたから、繰り返し書くやつが終わってねえ。今日の下校放送までには絶対終わる。多分、あと一時間以内」


 チャイムを鳴らす黒のデッキを見れば、15:27:46。下校放送までには終わる計算だ。


 山宮ががさがさと鞄から出したプリントを手に取って眺める。漢字と英語のスペルをマス目に入れて書くだけだ。朔也は書き終わった漢字のプリントを眺めた。急いでいても、字を崩していない。相変わらずゴシック体のようなきちっとした字だ。


 山宮の字はいい。縦に書いた「山宮基一」が線対称になるようなまっすぐな線を書く。朔也がなにかしらで字を書くと書道をやっているとバレるが、原稿用紙のマス目に沿って書いたような字も整然としていてきれいな印象だ。

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