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第40話

 オリエンテーション当日、私服にグレーのボストンバッグを持った朔也は集合時間通りに登校した。桜が散った校門前は植え込みに菜の花が揺れていて、鉄筋の校舎もどことなく明るい雰囲気だ。日差しが強くなり始めた春の風は暖かく、パーカーの下は半袖のシャツを着ているのになんだか暑い。


「はよ」


 七クラス全員が集まる校門前の広場できょろきょろしていると、同じ班の男子が近づいてきた。ようやく見つけたクラスメイトに「おはよ」と笑顔を返す。彼はもう既にTシャツ姿で涼しげな格好だ。


「朔、白のパーカーは駄目だろ」


 眉根を寄せたいきなりのダメ出しに、「えっ」と自分の服を見回した。


「え? 白が駄目とかあったっけ?」

「いや、よりでかく見えるから」


 真面目な視線で見上げられ、ちょっと笑う。体操部は身長が低いほうが有利だと聞いたことがある。その彼も一六五はあると主張する山宮とそう変わらないように見えた。


「服の選択肢が少ないんだよ。このパーカーもサイズが合うのは白しか残ってなかった」

「お互い服は苦労するってことか」

「身長は平均が一番だよな」


 互いにしみじみと頷いていると、放送室から来たのか校舎のほうから山宮が歩いてくるのに気づいた。黒や紺といった暗い色のイメージの山宮が、白の丸首のシャツに襟つきのライムグリーンの長袖シャツを羽織っている。手に持つ大きめのバッグの他に、モノトーンのワンショルダーバッグを胸の前に持ってきていて、朔也の目には爽やかに映った。白のマスクが今日は顔を明るく見せており、角がとれていつもの教室での話しかけにくい雰囲気が薄れている。


「あ、山宮君おはよう。制服と全然違うね」


 今井の声が聞こえて、足を止めた山宮が「委員長もいつもと違わね?」と反応した。生徒たちの間から見える今井は、白いシャツにふくらはぎまである小さな花柄のワンピースを着ていた。翻るふわふわしたスカートはいつもより女の子っぽい。いつもはポニーテールなのに、今日は高い位置でおだんごにしている。


「ひらひらしてて袴みてえ」

「それ、あたしのこと褒めてないでしょ」

「委員長は袴似合ってんじゃね」

「うーん、山宮君の褒め方は独特だなあ」


 今井の横顔が笑っていて、ちょっとだけちくりとした。二人がどれくらいの期間付き合っていたか知らないが、お互い私服姿は初めてではないのではないか。自分は今井の私服を何度も見たことがあることを棚にあげて、根拠のない推測をしていることに頭を振る。


 すぐに集合の合図が出て、クラスごとにバスに乗り込む。同じ部屋だから山宮と座席が近くなるかと思いきや、自分のほうが四列も前だった。少し効いているクーラーの風が心地いい。隣の体操部の彼はバスが高速に乗るとこっくりこっくりし始める。昨日も部活だったのかなと思いながら、そっとスマホを取り出した。後ろの席にいる山宮に「ヒマ」とメッセージを送る。


 隣の誰かと喋ってるかも。


 そう思って返事がくることは期待していなかったのだが、すぐにスマホが振動する。メッセージを開いて「はあ⁉」と大声を出しそうになった。先ほど校門前で男子と喋っていた自分の写真が送られてきたからだ。


『折原君一日目のファッションコーデをご紹介』

『無地の白パーカーに黒のジーパン。ザ・普通マン』

『普通が好きだもんな、お前』


 普通を連呼されて頭を掻きむしりたくなった。ここはもうちょっとお洒落を目指すべきだったのか。だが、家で書道の練習をする朔也に、墨汁が飛んでいないお洒落な服がタンスにあるはずがない。


『山宮の格好はなんなの。お洒落しちゃって』

『俺も普通じゃね? 家にあるのを着てきただけ』


 俄然山宮の私服姿が見たくなってきた。何色の服を着るのか想像がつかない。館内では全員ジャージだから、帰りの私服に期待するしかない。


 よく考えれば、春休みは部活と宿題で終わってしまったし、休みの日に連絡を取り合うと言ったら山宮からの宿題を教えてくれという電話くらいで、どこかに出かけたことがない。最近の山宮は花粉症でマスクをつけっぱなしだったから、素顔も放送をするときに見るくらいだ。もし、二人で外に出かけたならマスクはとってくれるのだろうか。そういうとき、山宮はどういうところへ行きたいのだろう。


『もし私服でデートに行くなら山宮はどこに行きたい?』


 ぽちぽちと打ち込んで送信したが、ぱたりと返信が止まった。多分、デートの単語に照れているのだろう。にやにやと口元が緩まないよう、手で拭った。


 窓から外を見ると、いつの間にか高速の壁の向こうに畑が広がる土地の様子が広がっている。一面若草色の植物が植わっているのは、なんの野菜だろうか。ビニールハウスがあったり白の軽トラックが走っていたりと、いかにもという雰囲気だ。スーパーや本屋などの商店街が近くにあり、コンクリートの地面にアパートなどの家々が立ち並ぶ朔也の地元とは違う。


 その景色に早くパフォーマンス甲子園に行きたいなと思った。パフォーマンス甲子園はちょうど夏休みに入る時期に開催される。現地には飛行機で向かうが、空港まではバスだ。去年見た風景もこんな様子だった。


 既に撮影した予選の映像の審査が始まるのが五月中旬、つまりオリエンテーションから帰ってすぐだ。その予選通過が発表されるのは六月の中旬。そこで顧問から選手も発表される。去年は選ばれなかったが、今年こそ選手になりたい。入学式でのパフォーマンスで大筆を扱う感覚も知れたし、去年までの自分とは違った表現ができるはずだ。


 手の中のスマホが振動した。なんの写真も設定されていない山宮のアイコンに印がついている。それを開くと、「すき」という単語が目に飛び込んできた。


『すき』

『変換ミス』

『間違えた』

『誤爆じゃねえ』

『別の意味で誤爆』


 連続でぽこぽこと来るメッセージにぷはっと噴き出した。耳を真っ赤にさせてスマホを操作している様子が目に浮かぶ。


『好きなら間違えてはないでしょ?』


 そう打ち込むと画面がしんとした。くくっと笑う自分の頬が熱い。

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