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第41話

 トイレ休憩のあと、バスは高速を降りて下道を走った。ごとことと地面の震動がダイレクトに伝わってきて、信号で止まるたびに前のクラスのバスとはぐれたりしないのかななどと思う。最初に立ち寄る場所は有名な寺院だ。そこから数分歩いたところに白糸の滝があり、クラスごとに写真を撮る。

 着いてみると、広い敷地に皆が「おお」と声をあげた。大きな門をくぐると、塀沿いに幅五メートルはあろうかという石畳の道が延びており、本堂まで広々とした土地が広がっている。苔のむした緑がきれいで、遠くに見える常香炉から立つ煙が見える。そのにおいが朔也たちのほうまで漂ってきた。何重なのだろうか、塔も奥に見える。予備知識のない自分たちでも雰囲気に圧倒された。


「御朱印帳を持ってくればよかったな」


 朔也の呟きに隣の席に座っていた男子が「ごしゅいんちょう?」と聞き返してくる。


「見たことない? 本みたいなのに筆で書いてもらうやつ」

「ああ、そう言えばばあちゃんが集めてるな」

「おれも集めてるんだよね。たまに見つけたお寺とか神社にふらって寄って書いてもらったりするんだ。いろんな文字があっておもしろいし、中には刺繍がしてあったりカラフルな絵があったりするものもあって」


 そこでべらべらと話そうとしていることに気づき、「ごめん!」と手を合わせた。


「ごめんね? 興味ないよな、こういう話」


 やってしまった。また好き勝手に喋ってしまった。あんまり高校生に縁のない話だし、引かれたかも──そう思って彼の顔を見たが、彼は「へえ」と感心した声を出した。


「そういうのって、その本を持ってなくても書いてもらえんの?」

「あ、うん。そういうときは紙でいただいて、あとから自分で貼りつけるんだ」

「朔が書いてもらうなら、俺も一枚書いてもらおうかなあ。ばあちゃんの土産になりそうだし」


 俺はそういうのよく分かんないんだけどさ。恥ずかしそうに笑った彼に心が明るくなった。


「じゃあ一緒に書いてもらおう」


 石畳を歩きながらスマホで寺のホームページを検索し、場所を確かめる。心なしかひんやりとした本堂を巡ると二人で納経所に寄り、御朱印をお願いした。それを待っているときに、「朔ちゃん」と今井がにこにこして近づいてくる。


「朔ちゃんもやっぱりここに来たんだ」


 今井はきちんと御朱印帳を持ってきていた。それを渡してお願いする。引き換えに朔也たちのものを受け取り、「じゃあまた」と言って別れる。


 道順に沿って歩き、塔の前を通り過ぎる。そこから道なりに外へ出ると、そのまま白糸の滝へ向かう。学校よりも高地にあるのか、少し風が涼しかった。


「俺、寺ってなにを楽しめばいいのか分かんねえ。仏像がすごそう、くらい」

「でも、有名人に縁のある寺とかおもしろいぜ。この風景を見たんだなと思うと、ちょっと感動する」


 一人が日本史が好きなんだと言って、以前自分が行った場所などを説明した。朔也はそういう視点で見たことがなかったので、なるほどと思う。嬉しそうに喋る彼を見て、自分の好きを素直に言えるのはいいことなんだなと思った。


 皆が興味がなくても、誰かにその魅力を説明できるのはすごいことだ。朔也は初めて放送室で放送部のよさを語った山宮の笑顔を思い出した。そういうことを怖がってきた自分と、失敗した過去も思い出す。きっと、高校生になって皆の普通が広がるのだろう。自分とは違った価値観を持つ人間がいるということが普通になるのかもしれない。


 白糸の滝に着くと、朔也のクラスはまだ集まっていなかった。滝の側なだけあって、ミストのように水が飛んでいる空間だ。パーカーを脱がなくてよかったな。そんなふうに思いながらA組から集合写真を撮っているのを眺めていると、肩をちょんちょんとつつかれる。


「去年と同じクラスメイト発見」


 副委員長が笑顔でそう言って、側にいた山宮の腕を引っ張った。


「せっかくだから三人で撮ろうぜ」


 山宮がなにか言いかけたが、その前に彼が掲げたスマホに三人で収まる。見せてもらうと、きちんと白糸の滝が背景に入っていた。


「それ、共有させて」

「オーケー」


 朔也の台詞に副委員長がススッとスマホを操作した。すぐにスマホが振動して画像が転送されてくる。副委員長がにかっと笑った。


「私服でこういうところに来る学校、あんまりないよな。ラッキーって感じ」

「スマホを預ける学校もあるよね」


 そこで画像をまじまじと見つめた山宮が「俺、小さくね?」と呟いた。平均的な身長の副委員長と朔也に挟まれているため、確かにそう見える。副委員長と同時に噴き出したら、山宮がむっとした顔で二人を睨んできた。


「まあまあ、山宮はそれくらいの身長がちょうどいいんだよ」

「身体測定でいくつだったの」


 朔也の言葉に山宮は去年と同じ「一六五」と答え、ぷいと顔を逸らした。その横顔に目元の泣きぼくろを見つける。朔也は学校で喋っていた今井との様子を思い出して首を傾げた。


「今井より高いからいいじゃん?」

「なにゆえの委員長基準よ。女子と比べる時点でおかしくね」

「あたしがなあに?」


 声を聞きつけたらしい今井がひょこっとやって来た。


「お、去年のクラスメイトが一人増えた。これはスマホの出番」


 なにも知らない副委員長がそう言って、スマホをタップする。四人が収まる画像を確認すると、今井が弾ける笑顔でピースをしていた。女子が入ると一気に画像が明るくなる。


「ほらな。今井が入ると山宮も背が高くなるぞ」


 副委員長の言葉に今井が「あたしってそういう要員なの?」と眉尻を下げる。副委員長が肩をすくめた。


「山宮が小さいって落ち込んだからさ」

「山宮君、落ち込むような身長? 普通じゃない? 朔ちゃんが伸びすぎただけだよ」

「今井、伸びすぎたとか言わないでよ」

「お前らみてえな背が高い部類の言い分は聞かねえ。肉じゃなく草でも食ってろ」

「それ、あたしはお肉でいいんだよね?」

「委員長も草だわ。俺を抜かすなよ」

「あたし、もう身長は止まってるよ。お肉でお願いしたいなあ」


 山宮と今井のやり取りはごく自然で、ぽんぽんと会話が成り立っている。朔也も気づいたら笑って相槌を打っていた。

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