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ep2  みずちゃま、なつやすみする。

「みずちゃまー。おはよう~」

「よお。おはようさん。朝飯は食ったか?」

「うん、ホテルの朝ご飯、おいしかった~」

「顔にケチャップついてんぞ」

「ぐあー」


 ミカエルとマリッサの娘のミシェルは、今夏休みを利用し、海外の避暑地の別荘へ遊びに来ている。

 両親共は仕事があるので、護衛と侍女と、あとオレが着いてきた。


 別にオレは来なくても良かったのだが。


「みずちゃまも行こうよおおおおお」

「えー……」


 と、おこちゃまが駄々っ子したので、仕方なくついてきた。


「あれ、でもうちの湖からみずちゃま、でれるの?」

「あー、うん。別に大丈夫だ。あの湖はオレが生まれた場所ってだけだ」

「ほおおお。やったー」


 まあ、夏休みっていうのは水難事故が起こりやすいものだしな。

 こいつが宿泊するホテルの近くにも大きな湖があると聞いたし泳ぐ予定と聞いたので、一応見守りするかと思い。



 ボートに乗り込んだミシェルを、緩やかな水流で遊覧させてやる。


「わーい」


 ミシェルは緩やかに心地よい風を感じご満悦だ。



「てか、夏とはいえまだ早朝だぞ。肌寒いのになんで水着を着てきた」

「みずちゃま、あれやってー」

「……しょうがないな」


 あたりを確認して人間の気配がないの感じ取る。




 自分用に作ってもらったボートをチャプチャプ漕いで、あいつらの娘っ子が湖に入ってきた。



「うん、宿題もおわったよー」

「そうか」


「あれやってあれ」

「しょうがないな。濡れてもいい服なんだろうな、それ」

「へいきー」


 オレは、湖に大渦を作り始めた。


「わあああきたきたきた!!」


 水の精霊による流れるボート。

 無論水を操ってるのはオレなので、転覆することもなければ溺れる心配もない。


 ボートは湖をすごい速さで周遊する。


 あいつらの娘――ミシェルが屈託なく笑っている。

 怖くないのかね?

 オレが人間だったらこんなの絶対こわいぞ。

 遊園地の急流すべりだって御免被るタチだったからな。


 ああ、そうだ。

 急流すべりやってやろうかな。


「え、みずちゃま!?」


 オレは水を盛り上げ、その高見へとゆっくりボートを進める。


「わあああ!? なにするつもりー!!」


 だめだ。

 怖がらない。

 ちっ。 少しは怖がれよ。


 100%信用されている。フン。


「わあああ、高さがすごおおおい!!」


 前世の記憶にある急流すべりを参考にだいたいこんなもんだろ、と設定した高さ。


「しっかりつかまってろよー」


 よく考えたらすげーな。ベルトなし急流すべり。


「うああああああ!!」


 がくん、とボートが下を向き、すごいスピードで湖面に滑り落ちる。


「あははははははははは!!!」


 こいつ、笑ってやがる!!


 ざっぱーん。


 白い飛沫があがって、ボートは一瞬水面に突っ込んだ。

 いけね、濡らしちまった。


「びしょびしょー!!」


「すまん、やりすぎた。まあ夏だし許せ」

「おこってないよー。たのしかった!」


 ボートからぴょいっと降りるミシェル。


 オレは、人の形をとって湖から出た。


「あれ? みずちゃま、どうしたの?」


「ホテルまで送る。親から任されてるからな」


「みずちゃまって、別になんにでも化けれるんだよね?」


「おう。想像がつくものならな」


「じゃあなんていつも女神様なの?」


「そりゃ、おまえ……」


 オレ心は男のままだが、女神の姿を取り続けている。


 TRPGでもネットゲームでも女キャラをやることが多かった。

 女キャラを演じたいというよりは、自分の作った女キャラを愛でていた。

 そう、愛でるならば男キャラより女キャラが良い。うむ。


 とはいえ、幼女にそんなことを語りたくはないな。


「水の精霊のイメージってこんな感じじゃねえかなーって思ってるだけ」


「ふうーん?」


「さ、ホテルについたぞ。風呂はいって着替えて、えーっとなんだ友達と遊んでこい。来てるんだろ? 友達」

「うん!! じゃあ、またね!!」

「おう。気を付けていってこい」



 ミシェルを見送ると、暇になったオレ。


 しかし、美人の姿をとっているので、ホテルのあたりにいる男どもの視線が痛い。


 銀髪にアイスブルーの瞳。みずみずしい唇……。

 あー。オレがオレを嫁さんにしたい。

 前世は銀髪女キャラが好きだったんだよ。くっそ。


 こっち見んな、オレは男だぞ。しっしっ。


「暇だし、散策でもするか」


 というか、散策するしかない。


 「しかしこれも、ミカエルとマリッサのおかげだな」


 マリッサがミカエルをオレの湖に落とすまで、オレは自分が化けられることを知らなかった。

 だからずっとあそこで、ゆらゆら漂ってただけだった。

 退屈だが気が狂うことがなかったのは、それが今のオレにとって普通のことだからだろう。


 人間だったら絶対気が狂うと思う。


 オレは、ミシェルのホテルロビーに置いてある新聞や雑誌を読んでみたり、ホテルを出て森の小道を歩いたりして時間を潰した。

 蝉取りしている子どもがいたので混ざってやらせてもらったり、ホテル庭でチェスやってるおっさんたちがいたので教えてもらったり、スイカ割り大会に乱入してみたり、すっかり夏休み気分だ。


 ミカエルからオレも小遣いはもらってるので、特に食べたいわけでもないが、アイスを買ってみた。

 風鈴の音聞きてえなー。


 そうやって時間を潰しているとカラスの鳴く声が聞こえた。


「ミシェルは今晩、キャンプファイヤーするって言ってたな。しょうがない、今朝いた湖にもどるか」


 別に人間に化けているのでミカエルに頼んでおけば、ホテルに宿泊させてもらえただろう。

 けれど、本能なんだろうか。

 湖は帰る場所、という意志が働く。


 かえろう、おうちに。

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