対策会議の結論は、一二八四年六月二六日、ヨハネとパウロの日にまとまった。
――敵対妖精征伐隊の結成である。
さらに数日後の朝。一三〇人の若者で構成された開拓団が、ハーメルンから新天地である東方に出立することになったのだ。
その日まで見届けることにしたクロードとスミエとロドルフとアンヌはすでに街を出て、丘の上で見送っていた。クロスアーマーにカソックに制服、それぞれの正装で。
男女のペアで一頭ずつ馬を引き連れ、ハーメルンを展望していた。身体の休息と、友人たちの弔いを終えてからの旅立ちだった。
彼らは平和的解決のために尽力したが、権力に押された。結末は防げなかったのだ。
被害者の王侯貴族による圧力も強かったし、旅立つ子供らには身内を失った怒りから自ら志願する者も少なくなかった。
事件での活躍を褒められたのも、ご機嫌とりに過ぎなかったのかもしれない。
親族に見送られながら、あの東門から出てくる若者の一団が視界に入る。
武装して、馬や荷物と一緒に。先頭には開拓に手馴れた大人が少数付き添い、様々な指令をするための合図用の笛を持っていた。
今回の事件は、人間たちに妖精への敵愾心を煽る結果になったのだ。未だオーガやドラゴンら
ハーメルンの子供たちが中核。妖精たちが恐れたのだから魔力の才もお墨付き、との判断だった。新たな土地の魔物を追放したなら、そこに定住し繁栄するのにも若いほうがいい。
「これが笛吹き男事件の真相か」
そんな場景を見晴らしながら、クロードが呟く。
「……おそらくね」
スミエは隣で物語った。
「ハーメルンに着いてから今日までの出来事が融合されて、未来で魔法がなかったことにされたために捏造したせいでしょうね。勃発した事変がとんでもなさ過ぎて、奇妙なものになっちゃったのよ。きっと、他の似たような歴史記録もそう」
「だとしたら、皮肉なものだな」
未来少女のほうは向かずに、クロードは去り行く子供たちを網膜に映して寂しげに付言した。
「バフォメットたちは干渉の末に、過去を現在のようにした可能性があるということだろう。人間と妖精たちの対立を深めたんだ。あるいは、おれたちもか」
スミエはなにも言えなかった。妖精側に寝返った可能性のある人類の一部の傾向も、窺い知れた気がしたからだ。
ピエールのことも戦後、かつての彼の仲間たちから詳しく聞いた。いつの世も人類社会から排除された一部の者たちが、妖精に味方せざるを得ないまでに追い詰められていったのかもしれない。だとすれば妖精たちのように、人もある意味で自滅の道を選択したことになりうる。
逆に、スミエはセシールから聞いた話をクロードらに教えてもいた。もとは、古代に人間たちが妖精たちをこの世界から遠ざけたのかもしれないということを。遍歴騎士の発言は、それを踏まえてのものでもあったのだろう。
「おーい、そろそろ出発するぞ」
急かしたのは、もう馬に乗っていたロドルフだった。後ろにはアンヌがいて、彼に抱きついている。
姉は妹を失ってから、幾分しとやかになった。今後はセシールの魂のためにも立派な修道女になるつもりらしい。ロドルフは当初からの目標である富と名誉重視の騎士を目指すことに変更はないが、以前よりは正当な騎士道に目覚めたようだった。
「ああ」クロードは彼らに返事をした。「ちょっと待ってくれ」
それから、隣人に尋ねる。
「スミエ、おまえはこれからどうするんだ?」
「とりあえずは」
彼女は答えた。
「いろいろ判明したし、ゼノンドライブにも慣れてきたわ。ワームホールを活用すれば、他にも笛吹き男事件みたいなことをしようとしてる妖精たちを追跡できるかもしれないし。新しい策謀の阻止に出掛けてみる」
「そうか……」
クロードに頷いたスミエは、相好を崩した。
「そういうあなたは、どうするの?」
「ふむ。これらの件に関して、フランス王に報告しなければならないことができたからな。遍歴騎士としての修行も充分だろう。あとは、本格的な封建騎士としての人生もありうる。そしたら、友との約束を果たしてみせよう」
「そっか」朗らかに、未来人は応答した。「……じゃあ、お別れってことで。いいわね」
「そう、なるのか」
二人は気恥ずかしそうに対面した。どちらも微笑みを保ち、力強い握手を交わす。
想えばこの数日で様々な障害を越え、すっかり親しくなったものだった。
「ではな、会えてよかった」
手を離すと挨拶をし、クロードは愛馬ペダソスに跨った。ロドルフとアンヌも、名残惜しげな別れを告げた。
まもなく、彼らの馬たちは歩行しだした。ハーメルンの子供たちとは逆の西側。――王都パリへの帰路へと。
「……待って!」
彼らの背中が離れきってしまう前に、たまらなくなってスミエは声をかけた。
騎兵が停止する。まもなく未来少女は、クロードの傍らに駆け寄って提案した。
「も、もうちょっと付き合ってあげてもいいかもよ。ゼノンドライブの扱いがうまくなったら、あなたの呪いも解けるかもしれないし。この近辺の時代にも、歴史的に気掛かりな事件はあるしね」
「そ、そうなのか」
嬉しさを我慢するように、クロードはぎこちなく見返った。
これがいけなかった。
バランスを崩し、脇に下げている荷物に足が引っかかった。下手な騎乗にペダソスが暴れ、前脚を上げる。
「実はおれも考えていた。妖精や人間の争いを乗り越えて平穏を導くピエールたちの願いに応えるには、おれとおまえのようなかけ離れた者同士の交流も役に立つのではないかと――」
喜びながらも、彼はずり落ちそうになる。
「ちょっ、クロード!」
慌ててスミエが手助けしようとするが、騎士は未来人を巻き込んで落馬した。
スミエを押し倒し、圧し掛かるような格好になる。両手は、相手のそれぞれの胸をしっかりと鷲づかみにしてしまっていた。
「違う!」とっさに放し、クロードは弁明する。「ほら、こないだの決戦で妖力をだいぶ借りたからな。あれだよ、ラッキースケベの呪いだ!!」
怖い笑顔で、スミエは楽しげに叫んだ。
「問答無用!!」
「ぎゃー」
晴天の空の下。クロードの悲鳴がどこまでも木霊していく。
やれやれといった調子で、顔を見合わせたロドルフとアンヌは肩をすくめて見守っていた。
ハーメルン市から見送る親たちからは、遠ざかる征伐隊の子供たちが、コッペンの辺りで視界外に消えたように見えた。