碧央に本当の父親だと結愛は訴えた。エレベーターの扉が閉まるギリギリに叫んだため、聞こえていたかどうかはわからない。エレベーターは下の階へおりていく。結愛は諦めて、洸と母が待つ病室へ泣きながら戻った。他に誰もいない廊下スリッパの音が響く。このまま、シングルマザーで過ごしていかなきゃいけないんだ。母と同じ道を辿る。親に似てしまったことに涙が出るとともに笑いも出た。なんでこんなにも母と同じにならないといけないのか。感情が複雑になり、その場にしゃがみこむ。笑いよりも涙が流れ落ちる。
「もう、こんな人生になる予定じゃなかったのに……」
ぐしゃぐしゃになった顔に流れる手のひらで拭った。幾度も幾度も流れる涙はいつになったら乾くのか。体中にある水分を出し切ったくらいに泣いた。廊下のつきあたりは窓ガラスになっていて、感情とは裏腹に太陽がさしこんでいた。ふとしゃがみこんだ結愛の肩に両腕が覆いかぶさってくる。走って息を荒くした碧央がぎゅっと後ろから結愛を抱きしめた。
「……そういうの。もっと早く言ってくんねぇかなぁ」
「あ、碧央……もう、来ないかと思った。会えないかと思った」
「俺、そんなに薄情に見える?」
「……ぐすん、うん」
泣きながら、碧央の後ろに手をまわして言った。
「泣きながら、言うんじゃないよ」
碧央はとんとんとんと結愛の後頭部を撫でた。今のこの時間はまるで夢のようで、信じられなかった。碧央が一番そばにいてくれることを自分は望んでいたんだと気づかなかった想いがあふれ出てきた。
しゃがんだまま2人は顔を見つめ合い、口づけをかわした。通りかかった看護師や医師は素知らぬ顔で通り過ぎていく。結愛の母は、思い出したように飲み物を買いに行こうとラウンジに向かう途中、碧央と抱き合う結愛の姿を見て、ほっと安堵したが、見えないように壁に隠れた。本当はわかっていた。結愛が好きな人はあの人だと。確実にそう思ったのは、母が好きになった結愛のお父さんと同じ顔をしていたからだ。
「結愛も私と同じ好みの人、好きになるのね。お父さんみたいな人が好きって小さい時に別れたのに、覚えていたのかしら」
独り言をぼそっと言いながら、缶コーヒーのプルタブを開けた。あたたかいコーヒーの香りが漂う。ほっと安心した母の麻祐子だった。左手薬指にはキラリと指輪が光っている。
碧央と結愛の周りは窓から差し込む太陽の光でキラキラと光っていた。