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第49話 急展開

 雲がないよく晴れた日だった。今日は洸の退院の日。熱心に何回も搾乳した母乳を病院に届けた。お見舞いに碧央と隣同士顔を見合わせて、保育器に入る洸を見つめた。予定より早く生まれて未熟児と言われた洸は、やっと平均的な体重になり、退院にまでできた。小児科医も産婦人科医も一安心だった。一番感動したのは担当看護師の菊池だった。別れが寂しくて涙を流して先輩看護師の胸を借りる。


「色々とお世話になりました。病院のスタッフの方々には感謝しかないです。ありがとうございました」


 碧央が結愛の代わりに挨拶をし、お辞儀をした。もう、父親らしい立ち姿だった。洸をおくるみで包んで抱っこしていた結愛を横で碧央を見ていた。ほっと胸をなでおろす。


 平和な日々がこれから流れるかに思われた。病院の玄関でセダンの白い車からおりてくるのは坂本敏彦だった。洸を抱っこする結愛にそっと近づく。


「今日、退院だって? 看護師さんから聞いてた。順調に育ってよかった」


 もう、不信感でしかない結愛は、後ずさりする。


「あの、すいません。退院したばかりなんで……」

 碧央が腕を伸ばして、結愛の前を制止する。坂本の目つきが変わった。


「は? お前誰だよ」

「え、誰って。俺は結愛の夫だ」

「……お前がか?」

 喧嘩越しの坂本敏彦は、頭の上からつま先まで碧央の姿を凝視した。


「チャラチャラしたやつに子育てできるのかよ」

「見た目で判断しないでもらっていいですかね。あなたこそ、関係ないっすよね」

「……この子は、俺の跡取りになる予定なんだ」


 その言葉を発すると、人が変わったように坂本は、結愛の腕から洸をぐいっと抱きかかえた。突然のことで、何が起こったかわからない。我が子が急に離れて、どきっとする。ぼんやりしていると、坂本は抱きかかえた洸を準備していたチャイルドシートにしっかりと乗せて、車で走り去って行った。一瞬だった。結愛は膝を崩して、泣き崩れた。頭を抱えて泣き叫ぶ。ホルモンバランスが崩れていたんだろう。碧央は、しゃがむ結愛の身体をしっかりと抱きしめ、背中を撫でた。


「大丈夫、大丈夫。俺が何とかするから」


 洸が誘拐された事実を認めるまで時間がかかる。心が落ち着くまでどれくらいかかるだろうか。退院だと思って安心したはずが、空っぽになってしまった両手がひどく冷たかった。


「洸~~~」


 泣きながら、結愛の声がむなしく病院の駐車場に響いた。何事かと病院のスタッフや患者さんたちが結愛と碧央の前に集まってきた。助けてくれる人がいるんだとホッとする。


 車のクラクションが遠くでなっていた。



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