神は言った。「自分の欠点が
九頭竜炎牙という、美しき鬼神にしてラノベ界のレジェンドに、そう教えられた
俺は今、天からの啓示、いや試練を前に呆然としていた。
なぜなら——
「……お兄ちゃん、まだ?早く開けてよ!」
インターフォン越しに聞こえるその声は、まごうことなき妹・佐倉
そう、まさに神の名を騙る試練の到来。全俺が泣いた、地獄からの宅配便(着払い)である。
「欠点か……。欠点ねぇ……」
俺は現実逃避のように天を仰ぎ、呻きながら、部屋を見渡した。
コンビニ弁当の容器がミイラのように積み上がったテーブル。読み散らかした創作指南本、メモ用紙、謎のラノベ表紙切り抜きコラージュ。脱ぎ捨てられたスウェット。すなわち、戦場。生還不能区域。
「この惨状を見られたら、人間としての尊厳どころか、創作論ラノベ主人公の座も剥奪だろ……いや、元からないけどな!」
心の中で叫んだ直後、「ピンポーン」というチャイムが再度鳴った。
これは最終警告。放置すればドアを蹴破られ、突入されやもしれないプレッシャーに耐えかねた俺は、ついに観念して、重い体を引きずるように玄関へ向かう。
……これはもう逃れようのない運命。ラノベ的には擦られまくった“妹登場”というテンプレ王道展開だが……これだけは言っておく。
俺が主人公である限り、本当の妹に萌える兄もいなければ、いちゃこらするような展開も決してないから期待するな。
これはもう、妹というもう一人の鬼神による単なる家庭訪問、いや家宅捜索だ。
ガチャリ。
ドアを開けた瞬間、そこに立っていたのは——やっぱり奴だった。
「うわ……ゾンビ映画みたいな顔。いきなり噛みついてこないでよね……」
毒舌とともに微笑む、黒髪ボブの少女。制服ではなく、カジュアルで清楚な私服。知的な雰囲気とキツめの目元。俺の実の妹にして、冷徹な家庭内検閲官。
佐倉 昴。年齢は俺より三つ下だが、精神年齢は十年先を行ってるタイプ。
「え、なによその警察でも見る様な目つきは。私の顔見るなり“死亡フラグの前兆”みたいな顔してんじゃないわよ」
「いや、だって……お前が来るなんて想定してなかったっていうか……その……」
何言ってんだ俺。これじゃあ“罪が発覚した中学生”だ。
昴は軽くため息をついて、無言で俺を押しのけ部屋の中へ。
「ちょ、待て待て待て、昴さん!? ここはお年頃な男子の部屋でして——」
「……うわうわ、うえあー、これは……」
彼女の視線がまさにゴミ屋敷と化した部屋の全体像をスキャンする。まるで最新型のAIによるゴミ分別アルゴリズムのような精密さで。たぶん俺自身もゴミ判定だろう。
「この部屋、スマホのモリモリ補正アプリですらまともに写らないんじゃない? というか、もう災害レベルじゃん!」
「これには事情があってだな、超多忙ゆえの弊害というべきかだね」
「ねえ、今時の小学生のほうが、もっとまともな言い訳するわよ」
「はい、グサッときた! いまお兄ちゃん、致命傷でましたー!」
言葉の一つ一つがナイフのように鋭い。が、それでも何も言い返せないのは、全部正論だからである。悔しいが、昴の言葉はいつも的を射ている。いや、もう頭ごと撃ち抜かれてる。
すると昴は、俺の机の上に積まれた紙束を手に取る。
「……これは?」
「ぐっ、それは……あの、最近書いてた新作のプロットで……この有様の原因というかなんというか」
「ふーん……“ブラック企業のプログラマーが異世界で無双”……って、 どこかで見たような——というか、どこにでも転がってるアイデアだね。お兄ちゃん、本当にこういうのが書きたかったの?」
その問いかけに、俺の心臓がヒュッと冷える。自分でも気づいてた。これは“読まれたくて”無理やり形にしたテンプレ。俺の言葉じゃなく、世間の流行語で作ったハリボテ。
「……お兄ちゃん、ひとつだけ質問。『読者の顔色』見ながら、何か本当に書きたいもの、書けると思ってる?」
その一言が、グサッと刺さる。師匠の声と重なる。
「だって、読まれなきゃ書く意味ないだろ……」
「へえ、ネット小説家って何やっても自由なのに?わざわざ縛りプレイしてんだ」
いいえ、縛りプレイできるほどの小説上手くないです。
もうボクのHPは真っ赤だよ。
その時、師匠の言葉が頭の中をリフレインする。
“センスで書くな、欠点で戦え”
(くっ……まさか、妹にまで言われるとは……。いや、むしろ妹だからこそ、全部見抜かれてるのか……。でも、これは——これはチャンスだ。今、この瞬間が、俺の“反転の物語”の始まりなのかもしれない……!)
この時、眠気とプレッシャーで、俺の思考はけっこう壊れてたと思う。
「スバル……ちょっと、いいか?」
「なに?」
俺は震える声で尋ねた。
「……俺の欠点って、何だと思う?」
昴の眉がピクリと動いた。まさかの真面目モードに入った俺に、若干の驚きが混ざる。
「ねえ……それ、本気で聞いてる?傷つく覚悟あんの?」
「うん。本気だ。今の俺には……それが必要なんだ」
昴は少しだけ考える素振りを見せ、そして、静かに口を開いた。
「まず、部屋を見れば分かるでしょ? 自己管理ゼロ。生活も思考も破綻寸前。そんな状態で読者の感情をコントロールしようなんて、寝言以下」
痛い。痛いよぉ。……だが、正論すぎて何も言えねえ。
「次に、書いてるもの全部、“どこかで見たことあるやつ”。つまり、自分の言葉で語ってない。読者に“選ばれたい”だけで、自分が“書きたい”という熱量が見えない」
ズドン。それでいて読者ゼロっておまけ付き。
もうお兄ちゃんはゾンビを退職して棺桶に入りたい。
「最後に、お兄ちゃんの一番の欠点は——自分の“変な部分”を恥じてるところ」
「……変な部分?」
昴は机の引き出しをガサゴソと漁り、やがて古びたノートを取り出した。そこには、俺が高校時代に書いた、超チープな冒険譚が綴られていた。
「これ。あたし、こっそりじつは読んでた。タイトルすらついてない“謎の冒険譚”。でも、これには、お兄ちゃんの“本音”があった。誰かに見せるつもりじゃなくて、自分が“書きたい”から書いてた。だからこそ、面白いと思ってた」
思わず息を呑んだ。まさかあの“黒歴史ノート”を、妹に読まれてたなんて。
恥ずかしさで発狂するかと思いきや、なんだか胸が熱くなるのは何故なんだぜ?
「……読んでたのか、それ」
「うん。そりゃ構成とか文体は欠点だらけ。でも、あたし、好きだった。今書いてる“まとも風な、この書きかけの作品”より、ずっとね」
――ガツン、と頭を殴られたような衝撃だった。
昴が読んでいたのは、俺が唯一「面白い」と感じていた、世間的には評価されないであろう「変な物語」。
九頭竜師匠が言った「自分の欠点が種に変わる」という言葉が、昴のこの一言によって、完全に腑に落ちたのだ。
完璧なものを見せようと、模倣に走り、結果として「読者ゼロ」という最大の欠点を生み出した俺。だが、本当に読者の心を掴むのは、自分の「欠点」や「泥臭さ」、そして誰にも見せるつもりのなかった「変な部分」――つまり、自分自身の「個性」を曝け出すことなのではないか? それこそが、読者に「次」をめくらせる「反転の物語」の源泉になるのではないか?
俺は、昴の完璧主義的な思考が示す「リアリティライン」の高さと、彼女が評価した「変な冒険小説」という自身の「欠点」の物語が、見事に符合する感覚を得た。
そうか。あれが、俺の“種”だったんだ。恥ずかしくて隠していた、黒歴史。まだ書く技術もなかった俺が、自分の理想を、ただ精一杯に書き綴った”欠点”だらけの小説。
それこそが——俺だけの“個性”だったのかもしれない。
気づけば、目の奥が熱い。
「スバル……ありがとな」
「……な、なにそれ。きも……っていうか、調子乗らないでよ。私が言ったのは事実だから!別に応援してるとかじゃないから!」
顔を背ける昴。完全にツンツンの極地。でもその頬がほんのり赤くなっているのを、俺は見逃さなかったぞ?
「で、夕飯どうする? このままだと栄養失調で作品も倒れるよ」
「え、まさか……」
「……しょうがないから、今日はあたしが作る。明日からはちゃんと自炊してよね。あとゴミ、捨てなよ」
昴はそう言いながら、リビングでテキパキと片付けを始め、冷蔵庫を開けて何かないかと確認している。口調は相変わらず厳しいが、その手際よい行動と、兄を気遣う姿勢に、俺は感謝と同時に、自分の情けなさを痛感する
俺は、机の上にある“変な冒険譚”のノートをそっと開いた。
九頭竜師匠の言葉と、昴の言葉が重なる。
――才能で書くな、欠点で戦え。物語はそこに宿る。
このキャッチコピーが、今、俺の中で具体的な意味を持った。
俺の欠点……そして、俺にしか書けない『変な部分』か。
よし、やってやる!
心に誓う。そして、新たな物語のイメージが、少しずつ膨らみ始めるのを感じた。
まさか、俺の『欠点』が、妹の毒舌という『肥やし』によって、こんなにも鮮明な『種』になるなんてな……。
だが、これも『ラノベ界の頂点を目指す』ためだ。覚悟を決めろ、俺!
“変”でいいだろ。読者にウケるかは結果だ。流行るかどうかなんて、そもそも分かるはずがない。むしろそのほうがいい。
そうネット小説の世界は自由なんだ、どうせ誰にも期待されてないなら
——“俺”にしか書けないものを、書いてやる!
そのとき、机の上の電気が一段と強く照らした気がした。
次の物語のプロットが、俺の中で、動き始めていた——。
——続く。