―――地の底に沈んていた魂が光の手によって優しく
それは悠然と天へ
そうしてファスターの心眼で覗き見るルナの中の心象風景…………それはあの荒廃し尽くされたものから美しく晴れ渡る高原の様なものに変わっていた。
遂に『あの日』以前の瞳の輝きに戻ったルナをそこに見届けたファスタ―。
そしてこの瞬間、ファスターは瞳を瞑り天に感謝の念を送った。
それは妹の記憶を読み取った際、この世界に妹を送ってくれた神官の配慮を知った事によるものだった。
ルナが兄の元へ行きたいと嘆願した時、それを叶えるとも否とも言えなかった神官。
それはルナが色々知った状態で転生すれば、隠す必要のある兄、延いては転生先の世界の運命に干渉してしまうから。
それでもルナの願いを捨て置くどころか、敢えて無視するふりして『気まぐれでその世界へと送り込む』という神をも欺く行為に出てくれていたのだ。
その様にして便宜上、転生者の希望を叶えた訳ではないコトにしてくれたお陰でルナは、『最大級の治癒魔法の剥奪』をルカの様にされずに済んだ、いや、そうしてもらえた。
全ては慈愛に満ちた神官の瞬時の判断により、過酷な二人の運命へのささやかながらも大きくもある2重の粋な計らいをしてくれていたことにファスターは気付き、改めて謝意を念じたのだった。
そうして安堵に満ちた表情で微笑みながら、今度は隣のルカヘ向かって優しく言葉を投げかける。
「そしてキミと共に戦ってくれた隣のバディーも同じ想いで臨んでくれてたようだね。
彼女なりのこの世界に転生して来た意味を、正に同じ気持ちで。真に最高のパートナーだ!」
『!!』
目を丸くし、再び電流が走るルナ。悲嘆に暮れるルカも
『誰かのために戦って、生きて、死ぬ……』
ルカもあの時、そうやって私に……この子なりの『今出来る事をやり抜く』 ……そうしたかっただけなんだ!……
そもそも自分こそお兄ちゃんやルカを助けようと身を挺したクセに人には禁止だなんて。
そっちの方が自分勝手だったんだよね……。
ルカ……ゴメンね。
まるで自分ばっかり苦しんで来たかのように当たってしまって……
あの『運命の日』――――
誰かのために戦って、死ぬ……
どれだけ望んだか。
なのにお兄ちゃんの為に役立って死ねなかった事が……どうしようもなく悔しくて……悲しくて……
でもやっと解った。
独り残された事、恩返しさせてくれなかった事、そんなのを恨んでたんじゃなかった……
お兄ちゃんを助けられなかった『自分』を……
どうしても……。
それだけはどうしても……赦せなかった……
ただ、それだけだったんだ……。
全てが氷解してゆく。
自分を不幸に仕立て上げていたもの。
むしろいつも幸せに導いてくれていたもの―――。
次第に霧が晴れていく。
頭の中に直接陽射しが差し込んで来る様だった。
新しい意味の涙で満ち、更に瞳に宿ってゆく光。
……ただ、コレばっかりはそう簡単に治るか分からないから、またあんな風になっちゃうかも知れないけれど、でも、これからは――――。
涙を袖で拭い、たおやかにルカの方へ向く。
再び潤む瞳に涙声。そして柔らかい眼差しで。
「……ルカ。また頑張ろうね」
『……!!』
あまりの衝撃に脳が痺れて全身に震えが走った。
存外の一言に返す言葉さえ戸惑うルカ。 間違いなく縁を切られると踏んでいた。
直後、一気に込み上がる想いに顔が激しく歪むルカ。
「ふああぁぁぁぁっ ルナァ――ッ!!、ゴメンネ―――ッ、ゴメンネ――――ッ」
涙を撒き散らし胸にしがみついて駄々っ子の様に大声で
もう何を言ってるのかさえ分からない。必死に何かを伝えたいのに雫と嗚咽しか出て来ない。
ルナもひたすら頭を撫で頬をすり寄せるだけ。息も乱れて言葉も出ぬもどかしさに只々固く抱きしめ、溢れ出るものでその愛らしい顔を互いにグショグショに濡らし合う。
ルカ……ルカ! ルカ !!……
大大大好きだよ!
……でもこんなに想いが溢れてるのに何故かお互いジェンダーチェンジしてないね ……
そっか……そうだよね……
だってそんなのもう、どっちだって良いんだよ。
ただ傍にいてくれるだけでいいんだから。
……ああ……思えばここまで辿り着けたのは……
ルカ、キミのお陰なんだよ。
こんな壊れた身勝手な子、今まで見捨てないで、ずっとずっと傍で支えてくれて……
ホントに……本当にありがとね。
きっと……これからも一緒だよ――――
感涙に震える二人を傍らで優しく微笑んで見守る兄・ファスター。
そして人生を取り戻した妹 ―――――
……ねえ、サインありがとう!
私、この世界でもチョットは自慢の妹になれたかな……今どこかで見ててくれてたなら、そう思って貰えるかな……
お兄ちゃん……
これでもこんな自分が少しは必要とされて役にも立てた……存在理由を貰えた。
この世界に
『誰かの為に―――』
ここでまだ私、頑張ってみるよ……
……みんなを救えるその日まで……
きっとどこかで、見守っててね……。
だから私も絶対に……
――― あなたを忘れない……
やがて少しずつ顔を上げるルナ。見守ってくれている存在へと遥かな想いを馳せる。
あの転生時の神官の言葉を思い出しながら。
『与えられたのじゃ。やり直しの機会を。そして自らが望み、挫けずにやり抜けば、ソナタにとって途轍もなく大きなものを
……そして神官の言った様に、お兄ちゃんもどこかに転生してこんな風に活躍してるのなら……
決して事故で私達が不幸になった訳じゃなかったんだよね。
だから私を残して逝ってしまったこと、もう恨んだりしないから心配いらないよ……
だって――――
『私の空にはいつでも一番星があるから』
それを確かめる様にふと目を移し見上げた窓の外。
そこにある筈の星はもはや一つも見えず、青白く突き抜けた朝空が、今はただ途方もなく高く感じられた。
真っさらな気持ちで仰ぎ見る。
『あ、
フフ……。
場違いなのに、あんなに堂々としてる……』
星に先立たれ朝空にポッカリと取り残された
これ迄は置いてけぼりに見えていたそれは今、ものともせず敢えてちゃっかり居座っているようにさえ思えた。
場違いの空、「異世界」に。
それを映す瞳にその輝きが灯り、新たな決意を胸に
市街に潜む脅威からの〈地上奪還〉
大侵攻・奴隷化からの〈覇権維持〉
そして
拐われし者の〈奪回への道〉が遂に開けた。
こうしてこの世界数十億の民は、希望を見出す第一歩を百年ぶりに踏み出そうとしていた。
<完>