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第8話 伊邪那岐製薬研究所

 「ここか⋯」

 白い息を吐きながら綾人は建物を見上げた。丸いフォームに白を広い窓がついていて中に陽の光が入るような設計をしていた。視線を戻し、カードリーダーの横にあるインタホーンを鳴らすが反応がない。

「あれ?⋯休みか?」

 クビを傾げ横にある窓から中を覗くとそこには、白衣を着た男性が血を流して倒れていた。

「?!」

 慌てて当たりを見渡し頭をかいた。

「⋯やむを得ないってことで」

 そう言うと綾人は胸ポケットから春から預かったカードをカードリーダーに通した。すると、ピピピと音を立て赤かった小さなランプが緑色に灯ると、スーッと目の前の扉が開いた。

「大丈夫ですか?!」

 綾人は慌てて倒れている人に駆け寄るが、すでにその体は冷たくなっていた。

「どーなってんだ?とにかく鴉飛さんに電話しないと」

 綾人は携帯を取り出し電話をかけようとするが、電話がかからない。耳から携帯をはずし見てみると先程までは通じていた携帯が圏外になっていた。

「なんでだ?⋯仕方ない、いったん出るか」

 頭をかき綾人がドア近くにあるカードリーダーにカードを通すが、ドアが開く気配がなかった。

「⋯壊れてるんか?」

 頭をかきドアを押したりひいたり、押してみたりするが、ドアは開く気配はなかった。

「⋯参ったなぁ」

 そうぼやき当たりを再び見回すが、人影はなく施設内はシーンと静まり返っていた。

 その時、近くからガタンと音がした。見てみると、廃神社で会った泥人形がフラフラと左右に体を揺らしながら歩いていた。

(ヤバっ!)

 綾人は慌てて近くの部屋に逃げ込んだ。泥人形はフラフラと綾人がいる部屋の前を通り過ぎどこかへ歩いていった。

 (危ねぇ。どーなってんだここは?すぐに出るのは危険か。⋯ちょっと探索してみるか)

 そう思い綾人が部屋の奥に行くと、そこには、書類を守るように倒れた白衣を着た首のない死体があった。一瞬、顔を顰めた綾人はソロりソロりと死体に近づいた。

「すみません。ちょっとお借りしますよー」

 綾人はもう話さない体に話しかけると、書類をつまみ腕からはずし一歩下がった。そして手にした書類をペラりとめくった。

『【呪鬼じゅきについて】

 呪鬼とは特殊な「人型」カタシロを使ってなった鬼のことであり、呪いの進行が進んで行き、やがては完全な鬼になり人を襲うようになる。


 【実験記録】

 5月12日

31歳の男性に治験と称してカタシロを使用するも数時間後に、体内から爆発し死亡する。どうやら、呪いに耐えらなかったようだ。


5月22日

21歳 男性に使用するが、こちらははじめに頭痛や吐き気と共に視界に異常を訴えるもすぐに回復し以後は異常なし。


5月23日

味覚に異常を訴え食欲が減少する。検査をするが異常は見られないため、呪いの進行によるものと判断する。


5月24日

人の声がうるさいと騒ぎはじめる。どうやら幻聴の症状も出ているようだ。これもの呪いの進行によるものだろうか。


5月25日

「人が食べたい」と暴れ出したため、鎮静剤を打つ。呪いの進行によるものの可能性がある。


5月26日

完全な「呪鬼」が完成する。しばらくは暴れていたが、所長には従順らしく所長の言うことは大人しく聞く。


5月27日

人を中に入れ喰わせて味を覚えさせる。なぜか内蔵だけしか食べない。


6月5日

試しに九泉ではなく人間界で人を喰わせる。しかし、刑事に見つかりやむを得ず襲わせ逃げる。


6月11日

今度は人間界の住宅を襲われ2人を喰わせるが、また邪魔が入り襲われ逃げる』


 その一文を読んだ綾人はズキン!と頭がまるで鈍器で殴られたような痛みが走り、頭を押さえ数歩下がった。すると頭の中にまるで濁流のように記憶が流れ込んできた。それは、あの日⋯綾人が実家に帰ったあの日。目の前にあった両親の亡骸⋯そして⋯


「ははは⋯そうだ。あの日⋯俺は鬼に切りつけられた。⋯ならなんで生きて俺は今ここにいる?」

 小首を傾げると綾人は再び書類を遺体に抱き抱えさせ、手を合わせると部屋を出た。

 その足で隣の部屋に入ると、そこはダンボールがのせられた棚が並んでいた。

(倉庫⋯か何かか?)

 そんなことを考えながら奥に入って行き、おもむろにダンボールを覗き込むと、そこには桐の箱と1冊の書類が乱雑に入れられていた。

「なんだこれ?」

 桐の箱を開けるとそこには綿に包まれた勾玉が1つ入っていた。書類を見るとそれは実験の記録のようだった。

 『###月18###

 呪鬼から人に戻す実験をする。まずは呪鬼の正気を取り戻す必要がある。そのためには勾玉を呪鬼に当てるなければならない。暴れる被験者を拘束し勾玉で体を触ると正気に戻り人間に戻す事ができた。しかし完全に戻ったわけではなく鬼に戻れるらしい。


 ##月##

 新たな被験者で今度は前被験者の先の実験をする。勾玉で正気に戻すまでは同じ工程だが、その後に天十握剣あめのとつかのつるぎで被験者のカタシロを刺すと、苦しみはじめやがて人間の姿に戻る』


「⋯人をなんだと思ってんだこいつら」

 綾人は胸糞悪さを抱えながら書類をダンボールの中に投げ込み、勾玉をポケットに入れた。

 廊下に出ると、泥人形がクネクネと奇妙な動きをしながら歩いている。

(なんかあいつら増えてやがるな。仕方ない。2階に行くか)

 泥人形が通り過ぎたの確認をすると、綾人は入口付近にある階段から2階に上がった。そこは同じような構造になり部屋がいくつも並んでいた。綾人は目に入った手前の部屋に入った。そこは、いくつもガラスのケースがまるで試験管のように立っていたが、なせかどれも空で中にはガラスが割れている物もあった。

 「⋯呪鬼が逃げ出して暴れたって感じなのか?だとしたらやばいんだが」

 その時、外でシャシャという音がした。それはあの泥人形の足音と気づいた綾人は慌てて近くの机の下に身を滑り込ませた。立ち去るのを待ちながらふと見ると、引き出しが半開きになり、中には艶のある美しい鞘に収められた刀が入っていた。

「なんだこれ?」

 そう呟いた時、背後から「くわぁ」と声がした。振り返ると、泥人形が口をあけ鋭い歯を見せながら綾人に襲いかかってきた。綾人は、持っていた刀を横にし襲いかかってきた口が自分を喰らうのを防いだ。そのまま鞘から刀を抜き、綾人は泥人形に振り下ろした。「クワァ」と短い悲鳴をあげ、泥人形はサラサラと崩れ砂の山になった。

「危ねぇ」

 綾人は汗を拭い落ちていた鞘に刀をしまった。よく見ると、鞘に「天十握剣」と刻まれていた。

「なるほどな。これが呪鬼を切れる刀か。⋯申し訳ないがちょっとの間貸してもらうか」

 綾人は刀を手に立ち上がり入ってきた入口に向かうと、入口の横に備えつけの小さな扉があることに気がついた。扉を開けるとそこには、「地下室」と書かれたネームタグの下にレバーがあった。綾人は考える間もなくそのレバーを下ろした。すると、ガダンと大きな音がどこかでするのが聞こえた。

 (なんだ?⋯1階か?⋯行ってみるか)

 綾人が部屋を出て階段を下りるが、そこには何もない。

「⋯1階じゃないのか?それとももっと奥か」

 そう言い綾人が廊下を進んでいくと、先程は行き止まりだった廊下の先がぽっかりが口を開け、地下にいく階段が覗いていた。

「さてさて、この先には何が待っているのやら」

 引きつった笑みを浮かべ綾人は呟いた。その時、ふらりと人影が階段横の部屋から出て来た。

「?!」

 綾人はその人影を見て息を飲んた。それは頭には角が生え口からは鋭い牙が覗いてた⋯志鷹だった。



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