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第3話

「……それにしたって、本当に大きくて立派な街だね」


 攻略のためにゲーム内では何度も足を運んだ街とはいえ、こうして自分の目でじかに見るのは新鮮な気持ちになる。

 ゲームのときは三人称視点だったが、現実だと一人称視点になるので没入感がまったく異なるのだ。


 中世ヨーロッパ風の街並み。

 開発スタッフがヨーロッパまで取材に行ったというほどなので、地球のどこかに存在する本物の街のようだ。

 しかし、近づいて細かいところまで見てみると、ゲームの世界に存在する神々をモチーフにした意匠がそこかしこに散りばめられていることがわかる。ここがサクラの住んでいた世界でないことを、まざまざと見せつけられているような気分になってくる。


「この辺り一帯の土地を治めている領主の住む街ですから」


「それもそうか。立派じゃなきゃ領民のみんなががっかりしちゃうよね」


「ですがこんな小さな街、王都の荘厳さに比べたらたいしたことはないですよ」


「ええ、そうかな? 小さいなんてことはないと思うけどなあ」


 暗礁の森からこの街までやってくるだけでも、それなりに時間がかかった。

 王都に向かおうとするならば、たどり着くのにどれほどの年月が必要なのだろうか。そう考えて、サクラは肩を落とした。


「……王都かあ。行ってみたいって気持ちもあるけど……」


 サクラは街の様子を横目で眺めながら、と口に出したことであることに気が付いた。

 ゲーム内で体験することのできるクロビスとのやり取りの中で、彼が王都と口にしたことは一度もなかった。

 クロビスが自身と王都の繋がりを示唆する言動をとることはなかったはずなのだ。


 なぜいまここでクロビスの口からという単語が出てきたのだろうか。

 これは聞き流してはいけない重要な情報だという気がして、サクラの背筋に冷たいものが走る。


 サクラは落ち着いてゲームのシナリオを思い出そうとして、その場で足を止めてしまった。

 ゲーム内におけるクロビスの台詞で、王都への言及はなかったはずだ。

 では、ドロップアイテムのフレーバーテキストに書いてあっただろうか。


「ねえクロビスさん。比べたらってことは、あなたは王都へ行ったことがあるのかな?」


「……いいえ。そのように人から聞いていたので、ついそう口にしてしまっただけですよ」


 サクラが足を止めたので、クロビスがつられて歩みを止めた。

 彼はサクラの質問に穏やかな声色で答えると、すぐさま前を向いて再び歩き出す。


「そうなのね。きっと王都ってものすごく立派で、素敵な街並みなのでしょうね」


「ええ、そうですよ。きっと優雅で壮大な景観が広がっていることでしょう」


 ゲーム内でプレイヤーが王都にたどり着くころ、それはゲームシナリオ的にはほぼ終盤になる。

 そのころになると、玉座をめぐる争いが激化していて、王都は周辺国から度重なる侵攻を受けてさびれていた。

 わびしい廃墟が立ち並んでいて、とても素敵な街並みだなんて言えない。


 だが、そんなことをいまここでわざわざクロビスに伝えることはない。

 本当の王都の美しさを知りたいだなんて、言えない。話をして得することはないし、そうする必要性はまったく感じられない。


 ──それにしても、いまのクロビスの返事って……。自分自身が王都に行ったことがあることを、うっかり口を滑らせてしまったって感じにしか聞こえなかったな。


 ゲーム内では知ることのできなかった情報は貴重だろう。聞き逃してはいけないとは思うが、かといってどうすれば深く追求できるのか。サクラには現状に最も適していると判断できる行動が思いつかなかった。

 サクラは会話の流れとして不自然ではないように、ただ純粋に、疑問に思ったことを質問するだけにとどめた。

 仮面のせいで表情は見えなかったが、クロビスから余計なことを口にしたというばつの悪さのようなものが感じられた気がした。


「……どうなさったのですか? 迷子にならないようにきちんとついてきてください」


 サクラが立ち止まったまま考え込んでいると、前を歩くクロビスに声をかけられた。

 彼はサクラの返事を聞かずに、そのままさっさと先に進んでいってしまう。


「ちょっと待ってよ。置いていかないで!」


 サクラは小さくなっていくクロビスの背中を、慌てて追いかけた。


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