ヴァンの弾丸を受けて、断末魔にも似た咆哮を上げた
地下空洞にひしめく群れの雰囲気が一変した。赤い瞳に妖しい輝きを増して、こちらを飲み込まんと死に物狂いで牙を剥く。
「うわわ!?」
「ちぃ、発狂しやがった!」
「くっ!」
エレノアはヴァンとブロンテの三人がかりで、狂乱した群れを必死に
咆哮の影響を受けて、近くの天井が崩落する様子もあった。この状態が長く続けばどうなるか。……考えたくもない結末だ。
(くそ……毒のせいで体が重い……目も霞む)
そんな視界の端で、
そうなれば、勝ちの目が薄くなることは明らか。
エレノアは奥歯を食いしばり、リスクを承知で前へ出た。
(こんなところで、立ち止まるわけにはいかないんだ。今度こそ……ッ!)
足元を這い上がるネズミが容赦なく肌に牙を刺す。ズキズキと鋭い痛み。
怯みそうになりながらも気力で堪え、ネズミを振り払って踏み潰す。エレノアは
だが、
(だからって……諦めるものか! 私には、やるべきことがあるんだ!)
エレノアはギリギリと奥歯を噛み締めて、昂る感情と共に刃を振り上げた。
瞬間──首から下げた形見の指輪が熱を帯び、胸元で淡く輝いた。無機物のはずなのに、鼓動しているような感覚。
(この光……前にも……!)
母の腕に抱かれたような温かさがエレノアを包み、金色とも銀色とも形容し難い、美しい微光が指輪を中心に広がった。
「なんだ……動きが……!?」
「え? ええ?」
ヴァンとブロンテが驚愕している。
エレノアの視界の先では
好機だ。エレノアは逃さず、地を蹴り上げて肉薄した。
「はあぁっ!!」
『ギュイイィィッ!!』
言葉に形容し難い不快な絶叫が響いた。巨体がジタバタと暴れ回り、振動でパラパラと天井が降り注ぐ。
「──いい加減に、沈みやがれ!」
「パァン!」と、空気を引き裂く発砲音がして、閃光が
命の雫がとめどなく溢れ出す。確実に致命傷だ。
沈黙した巨体が地に沈み、指輪の光が収束していく中で、紫色の血花が咲いた。
(……倒……した……)
エレノアは粗い呼吸を繰り返して、周囲を見渡す。
一瞬の静寂が流れ──そこから
「追わないと、殲滅を……!」
この件には王国が絡んでいるかもしれない。そう思うと居ても立っても居られなかった。が、走り出そうとして、身体がふらついてしまう。
毒の影響だろう。映る景色は歪んでいるし、呼吸が苦しく体も不自然に震えている。
「ハッ」と鼻で笑う音が聞こえた。二丁銃を構えたままのヴァンが、呆れたような表情でこちらを見ている。
「そんな状態で? この場所も見つけられなかったのに、見失うのがオチだろ。……犬死されても寝覚めがわりぃ、ここはオレとブロンテで行く」
「そ、そうだね。その間、エレノアさんは教会の人に診てもらうといいよ」
冷淡に見咎めるヴァンの横で、眉根を下げたブロンテが同意した。
「だけど」と反論しかけるが、毒に侵された状態ではままならないのも事実。
王国の痕跡を匂わせる敵が目の前にいるのに、気持ちとは裏腹に身体が言う事を聞かない。即効性のある毒ではないが、回りきれば死に至る危険だってある。
(どうして肝心な時に限って、動けないんだ……!)
エレノアは悔しさに唇を引き結んだ。
「ついでにリーダーへの報告も頼むわ。さっきから呼び掛けてるんだが……繋がんなくてよ。情報は早い方がいいからな」
ヴァンが耳に飾った
「……しけたツラしてんなよ。経緯はどうあれ、アレをやったのはテメェだ。次の出番まで体調万全にしとけよ」
そう言ってヴァンは背を見せ、奥へ歩いていく。
口は悪いが声色に棘はなく、なんの意趣返しかとエレノアはまばたきを繰り返した。
ブロンテから笑い声が漏れる。見れば巨体に似合わず可愛らしい、ほっこりとした笑顔を浮かべていた。
「ヴァンね、あ、あんなだけど、仲間想いなんだ。エレノアさん、一人でどうにかしようとするから……心配で、怒ってただけなんだと思う」
「……そう」
苛立ちの理由を聞かされて、エレノアは何とも言えない気持ちになる。が、誰かと馴れ合うつもりなく、素っ気ない返事をするに留まった。
その内に「おい、早く行くぞ!」とブロンテを呼ぶヴァンの声が聞こえてきて、
「あ、い、いま行くよ……! エレノアさん、ゆっくり休んで。またあとでね」
と、ブロンテは小走りに駆けて行った。
彼らの背を見送り、胸に新たな渦が生まれるのを感じながら、エレノアは思う。
(この事件の背後には、王国が関与しているはずだ)
──と。確信を抱いていた。
それに気になることはまだある。
エレノアは胸元の指輪へ手を伸ばす。熱は失われ、ひやりとした感触が伝わって来た。
(魔獣が動きを止めたあの現象は一体……)
母の形見の指輪には、何か大きな秘密が隠されているのではないか。そんな疑問が浮かんだ。
だが、いま考えたところで答えは出そうにない。
思い通りにいかないことばかりである。
エレノアは苛立ちと焦り、そして誓いを揺るがそうとする感情を内に押し込めて、ひとまず地上へと戻ることにした。
重い体を引きずって戻る道のりは、何故か後ろ髪を引かれる思いだった。