ルルさん、改めルルがリーダーとなった班のコールサインはディク。
「班の集合体を隊とする以上指揮系統がやや複雑になる。各班のリーダーへと指示を出す人間がいて、リーダーは班員たちに指示をだす。この場合はラナ先生がルルに指示を出して、ルルが僕たちに受けた指示を嚙み砕いて伝え、実施させるという形だね」
「む、むむむ……」
クルス王子の面目躍如とでも言っておくか、こういった組織的な図を説明するのが上手い。
難しい顔をしながらメモを取るルルの姿には何とも言えないものを感じるが、のんびり頑張ってもらえたらと思う。
「意外だったぞ」
「俺がリーダーにならないのが、ですか?」
「もちろんそれもだがな、何より調査隊の試験だ。あの二人に花を持たせる形で挑んできたことがだ」
花を持たせたという考えはなかったな、単純に二人の力をより明確に示すためにはどうしたらいいかしか考えていなかった。
「捉えようによっては、俺一人であの時の三人を倒せていたと見ていたように聞こえますが」
「事実だろう? だから私は当初、キサマの勝利に花を添える形であの二人の実力を示すものだと思っていたよ」
いやいや、流石にそれは。
「俺って、そんなイヤな奴に見えます?」
「面倒くさがりには見える」
「ひ、否定できない」
「冗談だ。しかし、キサマがこの形を取ったことで調査隊の質は向上したかもしれないが規模は小さくなってしまった。働いてもらうぞ?」
もちろん構わない。
ただ、回復魔法はいつになったら勉強できるのかと不安ではある。
急がば回れとは言うが、どこまで回り道をしたらいいのかと悩ましいね。
「よし。そろそろいいだろう、傾注」
「あ、すみませんっ!」
「失礼しました、先生。つい」
「構わない。元々今日は外に出ず、ブリーフィングのみの予定だった」
悩ましいがとりあえず森のモンスターに関してだろう。
ルージュとして見過ごすことはできるが、極炎としては見逃せない一件であることに違いはない。
極魔の力を借りられたのならそう時間もかけないで解決できるだろうが、オーバーパワーというかこの程度のことで駆り出すわけにもいかないだろうし。
「改めてだが、今回調査するのはあの森……パティアの森で起こっていると思われるモンスター変異に関してだ。今日までで挙がっている情報から、外来種が森に持ち込まれ生存競争が活性化している可能性が高い」
「ホームルームでも言ってたことですよね。ですけど、その外来種っていうのは?」
「文字通り外から来た種のことだ。本来パティアの森に生息している動物、あるいはその動物たちがモンスター化してもそうはならないだろう種のモンスターとも言えるな」
「あの森、えぇとパティアの森ですか? あそこに生息している野生動物は鹿、イノシシと言ったところですよね? だったら――」
ルルが積極的に先生へと疑問をぶつけていく。
この辺りは彼女の美点だろう、わからないことをわからないと素直に聞けるのは紛れもなく長所だ。
ともあれ、パティアの森で起きている生存競争は外来種の影響によるもので間違いない。
ただ。
「……じゃあ、この異変が確認されたのって、いつ、ですか?」
「ほう?」
「先生はあたしたちに連絡するのが遅くなったってホームルームで言っていました。でも、いくら遅くなるにしても、生存競争の影響が表面化するまで遅くなるなんてこと、ありえませんよね? なら」
「流石ルージュが見込んだ人間か。いや、この程度のこと気づいて当たり前と思うべきか。そうだ、ルル・スピアード。連絡が遅れたと言わざるを得ない程、モンスターの変異スピードが速すぎたんだ。それこそが、パティアの森で起こっている異変であり、調査すべき内容と言える」
そう、何が最大の異常かと言えば進化、変異のスピードだ。
確かに生存競争の影響、住まうピラミッドの断層が下がったことで、一部の動物は数を増やそうとする。
増やそうとする過程で、今の環境に適応しようと進化が促され、生態系が変化し表面化してくるわけだな。
いわば世代交代、そしてそんなものは一か月二か月で表面化するようなものではない。
「このままじゃ遠くない内に僕たちどころか、先生たちにも対処できないようなモンスターが生まれる可能性が高い、ですね」
「その懸念は正しい、クルス・ハレオル・バラドーラ」
「だっ! だったら! 早く原因を取り除かないとっ!」
「落ち着けルル・スピアード。外来種の影響があろうともこれは自然の摂理だ。我々が討伐隊ではなく調査隊である意味を考えろ」
心情的には慌てるルルと同感ではあるが、正しいというのならラナ先生だろう。
「で、でもっ」
「仮に原因を取り除けたとしても、進化と変異はもう始まってるんだよ、ルル。むしろ原因を排除したら余計に面倒なことが起こる可能性が高いんだ」
「め、面倒なこと?」
「ルージュの言を補足しよう。ピラミッドの頂点に立つ存在が急にいなくなる。ならば今一番影響を受けているだろう頂点に立っていた動物が数を増やした上で、それもモンスターになっている状態で再び頂点に返り咲く。そうなれば結果的にパティアの森の危険性が高まり、人間が立ち入れなくなるだけとなってしまう」
故に、討伐ではなく調査をする。
人間にとって都合の良い状態を維持するためにはどうするべきかを見つけ出す。
こういった活動は日の目を向けられないから知らなくても不思議ではないが、大切で必要不可欠な仕事だ。
実際、そう言った調査が行われた上で、俺たち極魔や民間で組織されたモンスターを討伐できる力を持つ存在にこうしてくれてという依頼が回ってくるのだから。
「今回のブリーフィングは現状を正しく認識し、自分たちの役割を理解してもらうための機会だ。実際に調査を開始するのは三日後の日曜日。他の班が結成できるかどうかは関係なく、実地調査を始める」
「……」
ごくりとルルの喉が鳴った。
何にせよ時間にそこまで猶予が無いのは確かだ、動けるなら早く動いた方が良い。
「ルージュ」
「わかってる。誘ったのは俺だ、責任を持つって意味でしっかりサポートする」
もちろんサポートはする、するが。
人為的に起こされた生存競争。
頂点に立っている存在は獣人かも知れない。
進化と変異を魔力によって強引に引き起こしている可能性。
その辺りをなんで先生は口にしなかったものやら。
確定した事実だけを伝えるってのは大切だが、俺に言って他の人間に言わない理由がわからない。
「……キナ臭い、どころじゃないしな」
サポートだけじゃなく、警戒する必要がありそうだ。
エンリに髪染め、買ってきてもらっとこ。