「な、なん、だ……それ、は」
「ぐる、ぐるるる……!」
切り落とされた腕と足が燃え尽きた。
身体の切り口から炎が生まれて、新しい俺の腕となり足となった。
ラナとその隣には一人の獣人。
二人揃って怯えているのか、それとも驚きで思考が止まってしまっているのか。
「転化炎心。そうだよな、これを見た敵は皆死んでるし、知らなくても無理はない」
「転化、炎心!? ま、て……それは、極炎、の」
「そう。極炎を極炎足らしめている技術、身体を炎にするって魔法だよ」
「……は、はは」
怖がらせてしまって申し訳ないが、これで俺が極炎であることはわかってもらえただろう。
視界にチラチラと自分の赤い髪が映っている。
極炎としての魔法を使うとこうなるのはどうにかしないとダメだなこりゃ。
「極魔第一席、極炎。ルージュ・ベルフラウとして告げる。大人しく投降しろ、悪いようにはしない。こうなった今でも俺は、あなたから回復魔法を教えてもらいたいと思っている」
「何を――」
「約束しよう。今、大人しく言う通りにしてくれたら拷問にかけるようなことはしない。協力的であれば俺との事情聴取で終わらせてもいい。だから、まだ先生と呼べる内に頼むよ」
「――バカなことをっ!!」
ダメか。
そうできるくらいの権力は持ってるし、何より。
「この森で生徒を殺してしまったことを気にしているのか?」
「っ!!」
「わかるよ、何度も見てきたから。その顔は殺しに慣れてないって人間がする表情だ」
あるいは、殺人の実感に押しつぶされそうになっている顔とも言うか。
中には最初から何でもない顔して敵と定めたヤツを殺し尽くす人間もいるけれど、多くの人間は誰かを初めて殺した時そういう顔をする。
でもラナが前者のようなタイプじゃないのなら、まだ間に合う。
「実際に手をかけた事実は消せないが、命まで――」
「があぁっ!!」
「ユニアッ!? よせっ!!」
困ったね、最後まで話を聞いてくれません。
というか問答無用で連れて行くんじゃなかったのか? あぁいやそれは極炎ではない、将来性を感じる一般生徒ルージュ・ベルフラウを、だったか。
「フレイム・ウィップ」
「がっ!?」
「落ち着いてくれって。確かにお前は罪を犯そうとしたけど、まだ俺の敵じゃないと言いたいんだ。もちろん、相手に足らないって意味でもない」
ユニアって呼ばれていたか? この獣人は。
フレイム・ウィップで拘束してみれば中々の抵抗力。
ある意味獣人だからこそなのかね、魔力を自己強化に使っていて並大抵の魔法なら物理的な力でどうにでもできていただろう。
「……どういう、意味だ」
「そのままの意味だよ。ラナ、お前は確かに生徒をその手にかてた。だが、殺人を犯したと確定したわけじゃない。確定していないのなら、まだお前はただの暴漢と言えるだろう、そして暴漢程度にわざわざ極炎がでしゃばる意味もない」
「だから意味がわからない!! 私はっ! 確かにあの二人を殺した! ここにいる二人とてもう死んでいる!!」
「あー……そっか、それも、そうだな」
極炎の逸話ってのはおよそ暴力的なものばかりだし、仕方ないか。
だからこそこうして、逃げられないと腹をくくって俺と対峙しているのだろうし。
「まだ死んでいない、と言えば?」
「は?」
「正確には死んでいる。だけどまだ冥府にその魂が連れていかれたわけじゃない。今なら、呼び戻せる」
「な、にを……! ま、まさかキサマ!? し、死者蘇生の魔法を使えるのか!? 回復魔法の極致にあるものを!」
使えてたら回復魔法をわざわざ勉強しになんてこないって。
けど、どうするか。
今この場でやったら俺が極炎だとルルにもクルス王子にもバレてしまうし。
……はぁ。
勝手に取引なんてしたら、爺さんを殴れなくなってしまうけど。
「ラナ・マシュー」
「っ!?」
「取引をしよう。俺は極炎という自分を隠している。それはエスペラート魔法学院で平和に回復魔法を学ぶためにだ。協力してくれるというのなら、お前がわざわざ組織とやらに身を投じた原因を、内容によってはなんとかしてもいい」
「な、ぁ……?」
もちろん、王国を滅ぼせだなんだってのは論外だし、組織から足も洗ってもらうし色々な条件を付けることに変わりはない。
ただ、この人は尊敬できる人だ。
牙をこうして剥かれてもなお、信じてもいいんじゃないかと俺の勘が言っている。
「それは、脅しと捉えても?」
「脅しじゃないって。こういうのもなんだけど、極炎サマに直談判できる機会なんて早々ないどころか一生に一度あるかないかレベルだ。これでも俺は国の看板を背負っている。反故にするだなんだしたら王国に泥を塗るようなもんだし、信用してくれてもいい」
「……獅子身中の虫となるぞ、私は」
「あまり俺を、国を甘く見るなよ? けど、罪だ咎だを首輪にするより、恩義のほうがよっぽどいい鎖になるだろう?」
そう言えば、ラナは緊張に構えていた身体からふっと力を抜いて。
「あぁ……そうか、そうだな。願いよりも、随分と着け心地は、良さそうだ」
「よし。色々聞きたいことはあるが、逃げてくれるなよ? そうした時は流石に問答無用で捕縛しなきゃならないから」
「わかっている。逃げるのは、望みを叶えてもらってからでも遅くない。逃げ道の先に地獄が待っていようともな」
「信じよう。信じられないことだが、ラナはこの獣人のコントロールもしているんだろう? 魔法を解除するけど、俺を襲わせないように」
頷いたのを確認してからフレイム・ウィップを解除する。
「ユニア、すまない」
「くぅん……」
虚勢、だったんだろうな。
この獣人からはラナに従っていたというより守ろうとしていたって気配を感じてたし。
戦争にかまけている間に、一体どんな技術が水面下で研究されていたのやら。
「さて、それじゃあさっきの質問への答えだ。俺は死者蘇生という回復魔法を使えるわけじゃない」
「なっ!? キ、キサマ!!」
「最後まで聞くように。死者蘇生の魔法を使えはしない。けど、似たようなことはできる」
「……似、たような?」
そう、似ているだけ。
仕込みも必要だし、何より一度死ななきゃ……いや、見殺しにする必要があるんだ。
死ぬ前に傷を、病を治療できる魔法に比べれば、なんて気分が悪いのかって話ではない。
「――フェニックス・ウィング」
「!?」
ルルに、クルスに。
ついでに先輩二人へ仕込んでいた炎の心臓を燃やす。
「これ、は!?」
「一度死んでも蘇る。ネタ晴らしするなら身体に負ったダメージを炎の心臓に肩代わりさせたのさ」
そうすれば二人の身体を覆っていた氷から焔が立ち上り、みるみる内に氷を溶かしていく。
「さて、重ねて言っておくけど俺は身分を隠している。ラナ、先生はこの場に合流しに来たところで俺はまだ斥候に出ているところ。そう言うことでよろしく」
「もう少し、この奇跡に浸らせてくれてもいいのではないか?」
「知らないよ。あぁ、部下を呼んでるから。指示に従って一旦この森から出るように。このユニア? って獣人は少し預かるぞ」
「わかった……ユニア、その人は大丈夫な人だから、安心して待っててくれ」
こくりと頷いた獣人に手を伸ばせば、一瞬びくりと震えられたが。
「ん?」
「わふ」
指先を一舐めされて、そのまま後ろについて来た。
……ちょっと、可愛いね。
「極炎!」
「なんだ? っていうかもうルージュ・ベルフラウで」
「感謝する。本当に、本当に、ありがとう」
「……いいよ。これからも、よろしく」