――この子が幸せになれるのなら獣人保護施設とやらに向かわせよう。あぁ、そうだ、キサマがこの子にとってそれが一番いいと思うのなら、だ。
「ルージュ様」
「先にも言ったが、必ず無事に王都へ、爺さんの下へと送り届けろ。これは絶対命令だ。そして、その上でこれを爺さんに渡してくれ」
「っ!? は、はいっ! 承知いたしました! 必ずやっ!!」
久しく使わなかった絶対命令って言葉を口にして、王都へと向かっていくエンリが御者の馬車を見送りながらどうしたものかと考える。
ラナはよっぽどなやり手だった。
あるいは俺がこういった諜報的な活動が下手くそすぎるのかだけど……俺が下手だったことにしておこう。
ともあれ今更ながらにしてやられたと思う。
「何が末端だっての、ったく」
改めて思い返してみればラナは俺を勧誘していた。
そのことから考えられる可能性は二つ。組織で勧誘が許されている立場にいるか、あくまでもラナという個人の人間につけという意味での勧誘かという二つに一つだ。
どちらかであるかは問題じゃなく、重要な人間だという可能性があるというだけで扱いがいきなり難しいし、何より。
「ユニア、か」
この獣人の存在は組織とやらに間違いなく知られている。
だっていうのにラナは彼女を俺に託してきた、問答無用と言って良い形で。
ラナは取引を履行した、話すべきことを話したのだから反故にはできない。
「よびましたですか? ごしゅじんさ――ルージュ、さん」
「いや……まぁ及第点ってことにしとくか。さておき、よく泣かなかったな。偉いぞ」
「わふっ。ありがとう、ございます、です!」
影から現れたユニアの頭をフード越しに撫でれば、くすぐったいような顔しながらぶおんぶおんと尻尾を振られる。
アルファ思想とかいうやつなんだろうか。
どうにもラナを御した俺のことを群れではないがトップに見ているらしいユニアだから、そういう呼び方をしそうになる。
流石に周りの目はもちろん、何よりエンリが血の涙を流すこと請け合いだから矯正中だったりするが。
それはいいとして本当に、どうしたものか。
この子を保護施設に入れるなんてことはできない。
そうしてしまえば少なくとも獣人を利用しようとしている組織に施設ごと目を付けられるだけだ。
「一先ず、何処に匿うかだな」
「わふ?」
獣人への差別的な感情と言ったものはないが、保護対象とされている以上同情や憐憫と言った感情は向けられてしまうだろう。
ラナは彼女にとっての幸せをと口にした。
ならば、そう言った感情を向けられることが幸せに繋がるのかと言えばそうじゃない。
「ユニア、一つ聞く」
「は、はいです、ご……ルージュ、さん」
「お前は、獣として生きたいか? それとも人間として生きたいか?」
「……」
だが、それは俺個人の考えでしかない。最も優先されるべきはユニアの意志だ。
「とても、むずかしい、おはなしです」
「そうか」
「でも、わたしは、ユニアは――」
「ったく、遠くに行くなよー!」
「はいです! ごしゅ――ルージュさんっ!」
ラナの娘、ユニア・マシューとして生きたい。
彼女が出した答えは第三の選択と言って良いだろう。
幼稚さか、それとも優れた頭脳か直感で己の望みを探り当てたか。
どちらであっても構わないが。
正直なところ俺に求められてもどうしたらいいのやらと言った感じだ。
「随分と楽しそうに駆けるもんだ」
パティアの森に連れてきてみれば尻尾をぶんぶん振り回しながら駆け回るユニアの姿。
耳や尻尾を見れば父親は狼がモンスターになったんだろうと想像がつくが、人間というかラナの血を色濃く継いでいるのか耳と尻尾以外に獣を感じられる部位はない。
ただ、体毛と言うべきなのか、肩口で揃えられたユニアの髪色は銀色だ。
ラナの髪は茶髪だったし、これは父親と言って良いのかモンスターの血によるものだろう。
体毛が銀の狼型モンスターってのはちょっと覚えがないけれど、人間を生贄として求めるような存在だ。かなり高度な知能を有していたのかも知れない。
「マシューを名乗ることを求めた。それはつまり、ラナの娘としての己を世に打ち立てたいということ」
存在証明とでも言おうか。
王国にいる他の獣人たちのように、番号で呼ばれて管理されるわけでもなく、ラナの娘、ユニアであるからこそ成し遂げられるだろう何かへ至りたいという願い。
「そこまで深く考えているのかは、わからないけれど」
本能のまま大きな木へとマーキングっぽい何かをしようとしている所を見るに、何とも判断が難しい所だ。
何にせよ、急ぐ必要はないだろう。
さっきラナは王都へと出発したところだし、爺さんへ宛てた相談もまだ始まってすらいない。
とりあえず、支部にいるだろう宮廷魔法使いの詰め所にでも行って――
「あぁもう、考えごとしてる時に来るなっての」
背後に感じるモンスターの気配。
振り向いて魔法を放とうとしたその時。
「がうっ!!」
「ギ――」
「……はい?」
俺に向かって大口を開けた狼型のモンスターが。
「ごしゅ――ルージュさん! だいじょうぶ、です、です?」
「あー、うん、大丈夫だよ」
ユニアが吠えただけで、伏せの態勢を取って。
「きゅぅん」
ごめんなさいと言いたげに上目遣いを向けて来た。
まじかよ。