まずSNSでその死んだ宮川のアカウントが察知され、あっという間に昔のSNSケンカの話が蒸し返された。問題撮り鉄の話題に宮川が擁護の立場でしたツイートが掘り出されて、その当人が死んだことで「自業自得」と叩く者が大勢現れた。
それなのにその宮川を擁護する正体不明のアカウントが現れ、その火に油を注いだ。そしてそれを有名インフルエンサーが拡散して、炎上沙汰が止めようもなく拡大した。そして最後にウェブニュースとテレビがそれに食いついて大騒ぎになった。
だがそこまでだったら普通だ。
「えっ、なにこれ……」
タイムラインを見た佐々木は仰天した。
「悪質な撮り鉄に腹を立てた運転士が故意にブレーキ操作をしないで轢いた? そんな馬鹿な!」
だがその馬鹿げた『考察』が投稿されたのが、これまた絶妙なタイミングだった。
これで撮り鉄叩きの人々と、毎度毎度の撮り鉄叩きに「いくらなんでもそれはやりすぎじゃないか」と思っていた人々の強烈なぶつかりあいとなってしまった。
そしてそれをマスコミが面白がって取り上げる狂乱ぶりとなり、そのなかには鉄道会社に直接電話するものまで現れる惨状となった。
しかも鉄道会社がはっきり否定してしまえば良いものを、うっかり中途半端に否定してしまったため、さらに野次馬と陰謀論の連中が沸いてしまい、事態は収拾不能になった。
鉄道会社は記者会見すべきだ、とか、国土交通省と警察は何をしているのか、という話にまでなる騒ぎだった。
「こんな件で記者会見とか、ありえないのに」
「僕はもう疲れたよ。もう愚か者の可視化はいい加減にしてほしい」
鷺沢はうんざりした声だ。
「何か役に立たないかと思ってタイムラインを読んでたけど、ちょっとやめないとこれではメンタルが回復不能だ」
「タイムラインを読む、って……なんて暇な」
「暇じゃないけど、つい読んでしまう。読んでつかれて具合悪くなる」
佐々木は呆れている。
「あなたも撮り鉄にシンパシーを?」
「わからない。同じ鉄道好きであっても理解できないところも多い。でも、メディアがあまりにもネタとしておもちゃにし過ぎている気はする。それと、鉄道会社が組織ぐるみで撮り鉄を目の敵にしているという説が辛い」
「え、そうじゃないの?」
「そう思うのか、普通の人は。鉄道趣味やってる人間にとってはつらいことなんだけどね。愛する鉄道に嫌われてるってのはつらい。辛くない人もいるんだろうけど、私にはとてもつらい」
「あなたは鉄道で結局何がしたいの?」
「毎年夏の鉄道模型展示が目標だけど、ほんとは絶対かなわない願いがある」
「なに?」
「新製する鉄道車両のデザイン。無理なのは知ってる。もうこの年になってからでは無理だ。幼いころ親にそうしたいといったけど、親はその為にはとにかく勉強しろと凡庸な答えしかしなかった。それに私も凡庸にふつうの勉強しかしなかった。デザインの勉強をするとか美術の勉強すりゃよかった、と気づいた時にはもう遅すぎた。水戸岡鋭治、奥山清行、山本寛斎、その他数々の有名社外デザイナーに幾多のインハウスデザイナーが活躍しているのを私は乗客の立場で傍観するしかなかった」
鷺沢は辛そうな声になっている。
「これでもう50歳だ。残りの人生に希望はもうなにもない」
佐々木は少しイラッとした顔になった。
「でも鉄道会社ぐるみで撮り鉄を目の敵にしてるって」
「そういう会社があっても不思議ではない。運転に必要な標識すら撮影に邪魔だと引き抜いてしまう愚か者もいた」
「本当?」
「他にも異常時にだけ走る業務用車両を撮りたいからと、わざと事故を起こしたバカもいた」
「酷い」
「撮りたい鉄道を痛めつけてなんの鉄道趣味か。本末転倒も甚だしい。でも自分がそれと同類なのかもしれないと思うと吐き気がする」
鷺沢は具合悪そうに口を歪めている。
「佐々木さん……イライラしてます?」
「え」
「足踏み」
「ああ、筋肉刺激したくなるんですよ」
「イライラして?」
さらに佐々木はイライラした。どうして鷺沢はこうやって追い詰めてくるんだろう。
「でもこの件、どうやって決着すると思います?」
「普通に自業自得で撮り鉄が事故死した、で終わりかな。騒ぎも49日ほど経てば人の関心を失ってしまうだろうね」
「人の噂も七十五日っていうけど」
「それを計量的に調べた論文があった気がします。それでこの炎上騒ぎは鎮火して、他の騒ぎに人々の関心が向く。その繰り返しで歴史がぐるぐる再放送される」
「同じことの繰り返しですよね」
「そしてみんな忘れる。人の生きた意味も死んだ悲しみもすべて忘れられる」
鷺沢はそう言葉を続けた。
「ネットでも暴かれてたけど、死んだ撮り鉄は『ガムテープさん』と呼ばれてたらしい。車の傷をガムテープで補修していたことが由来。あちこちの撮影地でトラブルを起こしてきた、札付きの悪質撮り鉄だった。身勝手な立ち入り禁止の場所に入っての撮影、非常ボタンを押して列車を止めたこともあるし、車両前面にフラッシュを炊くこともあったという。それでは運転士さんの目が眩んで運転に支障しかねない。そういう意味でガムテープは悪名を轟かせていて、この件で『ほっとした』という意見すら出ている」
「死んでよかった、って」
「正直それに近い」
鷺沢はそう言うが、口を歪めた。
「でも、この世の中に死んでよかったなんてあってたまるか。せめて生きて償わせろ。何があっても結局死んでおしまい忘れておしまいなんて、俺は大嫌いなんだ」
鷺沢が俺と自分のことを呼んだのに佐々木は気づいた。鷺沢の心の底にある何かが、今動いている。
「そう思うと、無理筋でガムテープを擁護してる何人かにも、ただ騒ぎを炎上させたくてやってる逆張り野郎ばかりに見えるけど、そのなかにほんとに擁護してるのが少しだけいる気がする」
「擁護? あんな悪質撮り鉄なんて擁護してどうするの? ますます撮り鉄全体の立場が悪くなるじゃない」
「普通はそう考えるし、逆張り野郎どもはそれを促してますます悪化させる事を狙ってるんだろう。だが」
「そうじゃない人がいる?」
「まだ感触の段階だけど。でもそれを気にしてタイムライン追いかけてたらすっかり体調を崩してしまった」
何やってんの……。