東北の繁華街で肉屋を営む村上家に生まれた俺、村上和(かず)希(き)、二十歳。
去年の夏めでたく成人した俺の野望が、とうとうこの週末に叶う時が来た。
そう、あんたにだけ内緒で教えてやるぜ。
俺の野望、それは都会のゲイ風俗店に行ってリアルゲイのお兄さんに性の手ほどきをしてもらうことだ!
わー、恥ずかしい。いっちまったよ~。
アナルセックスに興味はあるけど性病感染とか怖いし、お金も新幹線往復で二万円かかるから、その、手コキとハグとチューくらい体験してみたいなぁって思ってる。
だって、ここじゃ絶対無理だから。
両親や姉ちゃんや友人にゲイだって知れたら、俺は樹海の森で餓死する覚悟だ。
先日旦那の浮気がバレて、幼稚園児の甥っ子を連れて姉ちゃんが帰ってきた。
我が家は一階が精肉店、二、三階が住宅だが、五人で暮らすには手狭なため、俺は体(てい)よく追い出された。
アパート代を半分補助してくれるっつーから、防音の効いたワンルームマンションに引っ越した。築三十五年とボロいけど、店からは徒歩で十分。実家で両親と働く俺には充分だ。
なぜ防音にこだわるのか?
ずばりゲイビ男優の喘ぎ声と、ディルドとローター音と俺のアヘ声が漏れないようにだ!
ビビリのネコな俺は一生童貞処女だろうから、せめてオナニーライフだけは充実させたい。
ひとり遊び用の大人のおもちゃも、なかなかのラインナップだ。
誰にも自慢できないけどな……。(哀笑)
ベッドもゆったりできるようにセミダブルだし、防水パッドも敷いてある。シーツ汚れ防止用のバスタオルは、ホテル仕様のふかふかオーガニックだ。
柔軟剤だってこだわりの森林の香りだぞ。
俺は昔の任侠映画の渋い兄さん達が好みだから、エロDVDよりも映画を観ながら乳首を弄り、ちんこを扱くことの方が多い。
うちの肉屋は惣菜も人気だから、揚げ物油の匂いが俺の身体に染み付く。
今夜はお気に入りのハーブ石鹸で洗って、身も心もアナルの中もスッキリサッパリしてから、週末の体験旅行に向けて一応拡張しておく。
まあ、その。もし俺好みの優しい渋い兄貴だったら、前立腺マッサージまで挑戦するのもやぶさかでは無い! って感じだ。
「よっしゃ。いくぜ和希!」
って、あれ、まさかのローションがなくなってる~~! マジですか~~?(泣)
不味い。コンビニのローションは少量の癖にバカ高い。近くの薬局は俺の小さい頃からの知り合いだから、買ったら噂話のネタになる。
『ほら、あの足の悪い和希君がローション買って行ったよ』って。
かといって他のドラッグストアは繁華街の反対側だしなぁ。
あ、あそこがあったよ。
大人のおもちゃの店『淫(いん)魔(ま)の森』が!
俺は早速ジーンズに履き替え、ジャンパーを羽織って街に飛び出した。
チリリリン。
お~、なんだかすげ~気合いの入った魔法陣が床で光ってるぞ~。
これ、中心に立つと異世界とかに飛ばされないよね?
しめしめ、『淫魔の森』は閉店間際で客は俺だけみたいだぞ。
店内は魔法使いの館さながらにファンタジーな雰囲気の店だった。ネットの口コミでオススメのローションは確か……。
あった、これこれ。
「NEW オーガニックジェル『魅了』。人気ナンバーワンか~」
よっしゃ、二本買っておくか。
「いらっしゃいませ。おや、和希君、風邪ですか?」
「ぎょえ~。あ、佐々木店長。やっぱりわかった?」
「中学生の頃から知ってますからね。変装しても分かりますよ」
佐々木店長は、舞台俳優みたいな笑みを投げかけてきたー。おお、今夜も安定の美形具合だなー。
俺一応マスクとニット帽で変装してるんですよ、淫魔店長。
「ふふふ。和希君の初来店ですからね。たくさんサンプルをプレゼントしますよ」
「淫魔店長、ありがとう!」
感謝の笑みを受け取ってくれ!
「和希君はいい子ですね。もし繁華街で怪しい誘いを受けたら断るんですよ。トラブルがあれば私に知らせてください。なんとかしますから」
「トラブル? ぼったくりバーとか?」
俺、ゲイだからお姉さんの店は行かないよ?
会計を済ませて紙袋を受け取った。なんだか重いぞ。
「我が社の開発商品も入ってます。もしよかったらモニターとして感想を教えてください。謝礼としてお店の商品をプレゼントしますよ」
「え、ホント? わかったよ、やっぱり持つべきものは優しい兄貴だよな~」
美形は俺の好みじゃないから、純粋な意味でな!
「君にはお姉さんがいるじゃないか。最近帰ってきたそうだね」
「うん。甥っ子も実家に住むから俺、追い出されたよ」
「自由を満喫してたんだね」
チラッと紙袋を見る店長。お察しの通りです!
「母ちゃんには内緒だよ。じゃあね、佐々木店長!」
「気をつけて。ありがとうございました」
男と男のエロ事情を挟んだ熱い絆が生まれたぜ!
ありがとう、淫魔店長!
むふふ~~。何をくれたのかな~?
あ、さっさと帰らずに、さりげなくディルドとか眺めて見れば良かったのに~、俺の馬鹿馬鹿~。
ぐ~。あ、お腹空いたな。
気づけばスマホの時計も日をまたいで午前零時十五分。コンビニでも寄っていくか。
ピロロロ~ン。
「いらっしゃいませ~」
夜中の学生アルバイトが無気力に声を掛けてきた。
うーむ。おでんにしようかな~。
「すいません、おでんください。玉子と大根、ソーセージ巻き、牛すじ、つゆだくで!」
プラスチックの丼に、店員がトングで具を詰めていく。
むふふ。今日はアンラッキーからの役得日だったかも。
会計を済ませニヤニヤしながらふと顔を上げて店内を見回すと、やたらデカい人と目が合った。
あ、あなたは~!
俺の大好きな任侠映画俳優、菅原◯(ぶん)太(た)さんにクリソツ~~。黒いスーツにグレーの開襟シャツ。まさにヤ◯(ク)ザそのものな服装だよ。え、この街の人? 向こうのレジで会計中の強(こわ)面(もて)さんは、ビールとつまみを買ってるようだ。
あ~、俺もビール飲みたいな。まだ二本冷蔵庫に冷えていたはず。
さよなら、強面ブン太さん。いい夜を! あなたを今夜のオカズにします。すんません!
ニッコリ別れの笑みを浮かべたら、強面さんと目が合ってしまった。
咄嗟にペコリと頭を下げて逃げちゃったよ~。
危ない、危ない。絡まれてると思われたら大変だよ。それにしても、さっきの強面ブン太さんは三十歳くらいかなぁ?
脂の乗った渋い兄貴だったよ~。もし生まれ変わるなら、あんな風にカッコイイ漢(おとこ)に生まれたいよ。
右手にコンビニのおでん、左手に紙袋をぶら下げ、意気揚々とお日さま商店街を早足で歩く俺。
夜中で人もほとんどいないから、右足の変形した俺が小走りしても目を惹かないだろう。小さい頃は無情な同級生に足を笑われるのが嫌で走らなかったけれど、ホントは身体を動かすのは好きだ。渋い兄貴にはなれそうにない外見だから、せめてマッチョになれるようにダンベルで筋トレしている。
目指せ細マッチョ!
だって俺、百六十五センチの五十五キロなんだもん。